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【ベトナム】市内観光 (フエ)

2005.02.21 Monday

外を眺めて見ると、曇りだった。なんでこんなに曇りばかりの天気なのだろうか。それに寒い。

今日はフクコちゃんと一緒にフエの観光だ。フエには阮王朝時代の建造物を中心に観光スポットが7つ以上あるのだけれども、どれも入場料が4ドル以上かかってしまう。ということで、二人で相談し、今日はその中でも阮王朝の王宮と、宿の人おすすめのここから8キロ離れたトゥルドック廟に行くことにした。

早速自転車を借りて、トゥルドック廟へ出発だ。ちょっと小雨が降っているので、私はウィンドブレーカー、フクコちゃんは昨日購入していたレインコートを着用していた。これがまためちゃめちゃ似合う。一昔はやった「テレタビーズ」みたいだ。

フクコビーズ。
フクコビーズ。

トゥルドック廟には約30分ほどでついた。宿の人の話だと、「1時間はかかるよ。」っと言っていただけに、ちょっと拍子抜けだった。入場券を買い、門をくぐると右手には大きな池があった。少し歩くと左手に寺院へ続く階段があった。木造でできた建物のつくりは日本や中国の寺院とどこか似ているせいか、落ち着く。ここは名前の通りトゥルドックさんのお墓なのであるが、広い敷地内には寺院、そして石碑が設けられている。この人がどういう人だったかはさっぱりわからないのだが、相当なお金持ちだったに違いない(笑)←それでいいのか、自分!

トゥルドック廟
トゥルドック廟。

広い庭。
広い庭。

寺院の一室で、着せ替えして記念写真を撮ることのできる写真館があった。衣装はおそらく阮王朝の時代を意識したものなのだろう。金、ピンク、オレンジなどの光沢な生地に、派手な刺繍があしらわれている。楽しそうに記念写真をとっているのはほとんどがベトナム人だった。

軽く敷地内を散歩して、二人でここを後にした。あまり期待しないで来たのだが、なかなか見ごたえのある場所だった。

次に二人が向かったのは阮王朝の王宮である「Royal Palace」だった。ここも負けじと敷地が広い。ただ当時のたてものがそのまま残っているのは一部だけで、ほとんどが空き地だった。残っている建物は現在ギャラリーや博物館になっており、阮王朝時代のものが展示されている。

王宮の内側の庭。
王宮の内側の庭。

夜はフクコちゃん、そして宿で知り合った社会人のお兄さんとご飯を食べにいった。今日の日記はとても雑だけど、こういう日があってもいいよね!なんて一人思うのでした。ちゃんちゃん♪
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【ベトナム】カッパを着て、ベトナム人に混じって、自転車を漕ぐ

2005.02.20 Sunday

今日も天気が悪い。窓から外の様子を見てみたが空は曇っているし、霧雨も降っているし、なんだか寒そう。フエはいつもこんな天気なのだろうか・・?7時半ごろ、フエ観光へ出かけた星さんを見送ったあと、私は洗濯をし、フクコちゃんと二人で朝食を食べに近くのレストランへ出かけた。フクコちゃんの話によると、昨日うちはベットの中央あたりで団子状にくるまっていて、それを暗闇の中発見したフクコちゃんは「犬か!」と思い、かなり慌てたらしい。昔は寝相悪くて朝になれば頭の位置が逆さになっているということがあったが、最近はむしろよくなっていたと思っていただけに、フクコちゃんには申し訳なかった。それだけではなく、昨日夜中に何度もテレビが突然「りんぐ」のように付いたとのこと。昨日からテレビの接触が悪かったのは知っていたが、フクコちゃんはまたしてもそれをみて恐怖を感じたらしい。主電源を切ったらそれは改善されたらしいのだけれども、フクコちゃんにとっては何かと睡眠障害の多い夜だったらしい。

昨日の夜に麺を食べたレストランでうちはフランスパンにバターとミルクコーヒー、フクコちゃんはこのレストラン名物のバナナパンケーキを注文した。うちはびっくりしてしまったのだけれども、メニューにはバターとパンが別メニューになっていて、なんとバターのほうがパンよりも3倍高い。日本じゃ絶対にありえないですよね、この現状。(フランスパン1000ドン、バターだけで3000ドン)フクコちゃんが頼んだバナナパンケーキは、まるでさつまあげのような厚さの生地にバナナがはさんであり、かなりボリューム満点の一品だった。

今日は星さんが昼ハノイへ出発してしまうので、私たちは部屋を3階にあるドミトリーへ移動することにした。はじめはどうしようかと思ったのだけれども、6つベットがひしめき合う部屋もまぁまぁ綺麗だし、$2.5とかなり格安だし、水場は1階にあるけれどもまぁまぁ綺麗だし、とそんなこんなで残りの2日間はドミで過ごすこととなった。ただトイレとシャワーがセットになった水場は1階のところ1つだけということで、夜はかなりの「トイレ&風呂争奪戦争」が繰り広げられそうな予感・・・。私たちが予約して数時間後には、ドミは満室になっていた。

朝はインターネットしたらあっという間に過ぎて、昼は星さんと3人でこれまた昨日昼に行ったレストランで食べて、その後は近くの「チェ」屋さんに行くことにした。チェとはベトナムのデザートで、甘く煮た豆やお餅の上にカキ氷と練乳をかけたもの。まだ食べたことなかったのだけれども、今日はじめて食べてなかなかの美味だった。それよりもその安さときたら驚き。一杯1500ドン(10円)という格安のお値段。肌寒い中チェを食べる人は少ないのか、店内は私たち三人だけだった。

チェ。
チェ。

フエ空港へ向かう星さんを元気いっぱいで見送ったあと、私はベットに転がった。ずっとのどの調子が悪く、全くよくならなかったので今朝食後に風邪薬を飲んだのだがそれが今頃効いてきたらしく、眠気が襲ってきた。少し横になったあと、今日はやっぱり少し観光しようと思い、受付で自転車を借りて宿から20分ほどで行ける近くにあるティエンムー寺へ出かけることにした。フクコちゃんは体調が優れないみたいだったので今日は一日お休み。ということで彼女が今朝購入したカッパを借りて、出発した。

自転車を運転する人もバイクを運転する人も、みんなそこらへんで購入できるカッパを着ていて、私もその中に混じって自転車を漕いだ。これを着ていると自分もなんだかベトナム人になった気がする。それにしてもこのカッパはすばらしい。前と後ろの部分が長くなっていて、前の部分はかごまで覆い隠すことができる。これでかごの中に入った荷物も雨に濡れず安心だ。これはかなり重宝すると思うんだけど、日本で絶対に流行らないアイテムナンバー1かもしれない。(くだらないことばっかり書いてます、はい)

霧雨の中自転車を走らせること20分、目的地のティエンムー寺に着いた。自転車を止めるところがいまいちわからなかったので、駐車場にあった車の後ろに駐輪した。階段を上がり、七重の塔を拝見したのですが、思ったよりも小ぶりでちょっとがっかりしてしまった。この塔は、杭州で見たなんかの塔に似ているが、なんだったっけなぁ。

ティエンムー寺
ティエンムー寺。

奥にある寺をちらっと覗いて、うちは15分も観光しないうちにまた来た道を戻っていった。途中川辺にあるベンチで少し休憩した後、王宮の周りをぐるっと一周し、宿へ帰ってきた。少し日記を書いたのち、元気になったフクコちゃんと一緒に近くにあるスーパーへ行くことにした。それがどこを探してもない。諦めてここは食事をとることにした。すると歩くことご飯の上にいくつかのおかずを載せるレストランを発見。フクコちゃんもはじめは食べるつもりではなかったが、結局二人とも注文して食べていた。二杯以上のご飯の上に私はえびの炒めものと、肉と野菜の炒めものをのっけて15000ドン。最後の方は苦しみつつも、すべて平らげてしまった。

7時ごろ宿に戻ってくると、女の子6人と男の子4人ぐらいが団体で食事に出かけていった。「なんか『あいのり』みたいだよね。」っと一人の男の子が言っていた。いやぁ、なんだかわらけた。いやぁ、というか、私はその光景がかゆかった。それにしても本当にフエは寒いなぁ。風邪ひきそうだ。うちは早めに風呂に入ったのだが、夜は案の定「トイレ&シャワーの奪い合い」が繰り広げられていた・・・。水場がもう一つあればいいのになぁ。

明日は晴れるといいな。
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【ベトナム】ベトナム最後の街、フエに到着。 (ホイアン〜フエ)

2005.02.19 Saturday

昨日は快適に眠れた。扇風機をつけなかったからかなぁ?今日はいよいよベトナム最後の街、フエに移動します。朝からあわただしく荷物を積め、ロビーにいった。星さんも今日フエに移動することなので、「同じバスだといいね。」という言葉を掛け合い、お互い別れた。星さんが予約した旅行会社は私たちとは違うのだけれども、大体人数が少なければ旅行会社の間でかき集めた観光者を1台のバスに乗せ、出発する場合が多い。そのため、もしかして一緒になる可能性もなきしもあらず。

いつの間にか集合時間の15分前になっていて、私たちは急いでチェックアウトを済まし、宿の隣にあるおいしいフォー屋さんでフォーを流し込んだ。バスはすでに到着していて、私たちの荷物を入れるなりすぐに出発した。どうもバスはわたしたちのことを待っているらしかった。いやぁ、申し訳ない。バスは他の旅行者をピックアップすると、あたりはすぐに田園風景になった。今日もあいにくの曇り空で、薄く霧がかかっているせいか視界が非常にわるかった。

バスは走り出して1時間もしないうちに岩の壁がそびえたつ場所に到着した。どうやらここは観光地の一つである五行山らしかった。周辺には大理石や翡翠などの石を使ったお土産が売られており、売り子たちの激しい勧誘があちらこちらから聞こえてきた。なんとなくトイレに行き、出てくると、受付前のおばさんに「1000ドン」と言われた。渋りながらもお財布からお金を取り出しているとなんとベトナム人のお兄ちゃんが「君の分も一緒に払っておくよ。」っといい、うちの代わりに払ってくれた。もうなんていい兄ちゃんなんだろう!思わず「サンキュー、サンキュー」と連呼してしまった。日本ではトイレにお金を払うという習慣はないのだけれども、海外ではお金を払ってトイレを使用するという場面が結構ある。トイレにお金を払うことに慣れていないだけに、財布の紐がきつくなってしまうのは私だけだろうか・・・?

大理石のライオン
大理石のライオン。

バスはダナンという街を過ぎ、湾沿いに群がる山々を登り始めた。湾には何隻か船が停泊しており、私はムイネーの村の港を思い出した。そしてこれもまた一つの観光名所であるハンヴァン峠ところを上り、ちょうど雲の中に差し掛かったころ、バスはまた停車した。これまた1時間もしないうちの停車である。「なんでこんなに頻繁に停車のだ?!」まぁ、その理由は『そこが観光地でだから』という単純なものだと思うんだけれどもこんなに頻繁に止まっていたらいつまでたっても到着しないではないか、と心配になってしまう。周りにも多くの観光バスが狭い坂の途中で停車している。私は降りる気力もなく、バスの窓から遠くに見える海の様子を眺めた。雲がかかっていて景色もいまいち。バスは再び走ったが、またもや30分もしないうちに停車した。しかし今回は特に観光名所でもない、ただの食堂だった。驚いたことに、添乗員のお兄さんが「ここには40分も停車する」と言ったことだった。乗客みんな言いかげんに呆れつつもここは心を落ち着けるためにホットミルクコーヒーを飲んむことにした。フクコちゃん、星さん、そしてたまたま同じバスになった日本人の自称カメラマンの男の子とお茶をしていると、バスがいきなり「出発するぞ。」っと言いだした。おいおい、まだ40分もたってないぞ!そんなことお構いなく、バスは出発した。

休憩所近くにいたがきんちょ
休憩所近くにいたがきんちょ。

フエに到着したのは14時ごろだった。空は暗く、雨が降っている。私たちは荷物を取ると、めぼしをつけていた日本人宿である「ビジョン・ゲストハウス」へ向かった。部屋が空いているということで、今日はなんと星さん、うち、そしてフクコちゃんの3人で部屋をシェアすることになった。星さんは「ここの宿が最安値だわ。」と言っていたが、ちょっと嬉しそうだった。

味の素をふんだんに使ったおいしい昼ごはんを食べた後、午後はみんな部屋でごろごろした。いろんな話に華が咲き、あっという間に時間がすぎた。星さんは昔から旅行が好きで、学生のころ旅行中に今の旦那さんと出会ったんだって!へ〜、おもしろいなぁ。

夜は王宮のライトアップを見に、三人で小雨が降る中でかけることにした。王宮のライトアップは土日の6時〜10時の間しかやっていないということだったので、私たちは実にラッキーだった。途中道に迷いながらも、無事王宮にたどり着くことができた。ここはデートスポットらしく、数組のベトナム人カップルが王宮までカメラマンに写真を撮ってもらっていた。ライトアップは素敵なのだけれども、その前に掲げてある「Chic Mung Nam Moi」の看板がいまいちだった。

みんなで仲良く撮影。
みんなで仲良く王宮前で撮影。

夕食はその辺にあったレストランで食事をしたのだが、そこで強烈な出来事があった。食事していて間もなく、隣にいた客がそわそわしだした。「なんだ、なんだ?」っと思い、視線の先を追ってみたら床にウンチが落ちていた。しかもそれは星さんの座っている席のすぐ横。えっ?!一体何が起こったのだ?!子供か?犬か?出現元は不明だけど、店の人は床を汚れた雑巾でふきふきと拭きだした。う〜、私たちは二階に移動したが、頼んだものを食べたらそそくさとその店を後にした。一体なんだった?あのウンチは。

帰り、来たときに通った橋はライトアップされていた。数秒おきに色がピンク→緑→青・・・など変化し、ここもデートスポットとして人気を集めているようだった。それにしてもフエでは橋のライトアップといい、王宮のライトアップといい、粋な計らいをするんじゃのう。一人関心した。
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【ベトナム】日本人にたくさんいます。(ホイアン)

2005.02.18 Friday

のどが痛い。しょんぼり昨日からものどが痛かったのだが、薬を飲まなかったこともあり、全くよくなっていない。それどころかこの屋根裏の部屋はやけに蒸し暑い。そして昨日は扇風機を『弱』にして寝たのだが、この『弱』が日本のと違い、かなり強力だった。風邪治るどころか、また悪くなった感じがする。

6時半ぐらいに起きてまずは洗濯をすることにした。ここは共同トイレ・シャワーであり、洗濯は最低でも20分は占領してしまうので、うちは朝早く起きて洗濯することを予定していた。洗濯している途中、フクコちゃんが7時ぐらいに「私パンを買って、その後下で待っているね。」っと言って階段を下りていった。『なんでこんなに早く出発するのだろう?コーヒー飲みながらパンでも食べるのか?』っと思いつつも「うん、うん。」っと言って見送った。

洗濯を終え、7時半ごろ下へ行ってみると星さんとフクコちゃんはロービーにあるレストランのテーブルに座り、星さんは朝食を食べていた。私も席に座り、少し話をしてみると彼女は時間を一時間間違えていたことが発覚した。うちがなかなか現れず、結構あせっていたらしい。今日星さんもミーソン遺跡を見に行く予定なので、「向こうで一緒になるかもしれないね?!」という話をしながら、まずいミルクコーヒーと味のないフランスパンを食べた。ちなみに何も入ってないフランスパンは一つ1000ドン(約8円)すばらしく安い!でもやっぱりフランスパンそのものだけを食べるのはかなりきついので、ジャムとかバターとか絶対に必要だと思った。

ツアーの待ち合わせ場所に行ってみると、初老の日本人のおじさんと日本人の兄ちゃんが座っていた。私たちはこのおじさまを見るなり、「もしや!!」っと思い、あわてて声をかけた。するとやっぱり昨日夕食の約束をしていたおじさんだった。細身の体に真っ白な肌、年齢は70歳前後だと思うんだけど、話しをしてみたら見かけとは違いものバイタリティのあふれる旅をされていた。12月中ごろに日本から船で上海へ渡り、香港などを観光しながら中国大陸を南下、そしてベトナムに至ったという。世の中にはいろんな人がいるんだなぁ・・・とまた思い、物思いにふけってしまった。ベトナムの地球の歩き方とかばんが紐でつながれており、思わず「かわいい☆」っとフクコちゃんにつぶやいた。

バスに乗ってみるとこれまた日本人の中年のおばさん二人組みが乗車していた。ツアーでの旅行かと思っていたら、実は自由旅行で、ベトナムを10日間かけて観光するのだという。二人とも関西圏の人たちだったのだが、おば様たちの自由旅行っていうのは始めてみたので、「年取っても元気なら旅行いけちゃうな。」とこの日つくづく思った。快適なエアコンバスに乗り込んで間もなくして、添乗員のお兄さんがわたしたちのところに来て「帰りがバスならば、後続のバスに移動してください。」っと言ってきて、わけのわからぬままおんぼろバスに変更になった。そこまでおんぼろではないかもしれないけれどもエアコンはなく、カーテンもなく、窓から照りつける日差しにうちの左腕はこんがりとさらにいい色に焼かれた気がする。このバスの添乗員のお兄さんによると、ミーソン遺跡のあとにボートに乗って伝統工芸村に訪れたい人は、さらに$2払えばいいとのこと。工芸村に興味を持っていたフクコちゃんはどうするか、決めかねていた。

バスで1時間、そしてさらにワゴンを乗りつぐこと10分、山間の静かな所にあるミーソン遺跡の拠点に到着した。ここミーソン遺跡は7世紀〜13世紀の間にチャム族によって築きあげられたチャンパ王国のヒンドゥー教の聖地であり、約1平方キロメートル内にいくつもの遺跡が点在してある。その当時、この聖地に足を踏み入れることができたのは王、そして貴族だけであり、一般の人々は立ち入ることができなかったという。なぜチャンパ族は聖地を交通手段のよいホイアンなどではなく、このひっそりとした静かな山間の場所を選んだのか、その理由としては、〇海某世いると信じていたから∪鐐茲紡个靴独えるため、だったと言われている。しかし13世紀頃、チャンパ王国は中国人によって侵略され、チャム族の人たちはベトナム半島を南下を余儀なくされた。以後この場所は忘れられ、1950年代にフランスの探検家によって発見されるまで約400年もの間眠りについていた。それぞれの遺跡は異なった時代に立てられたものであるらしいが、その多くはベトナム戦争によって破壊されたのだという。このミーソン遺跡は1999年ユネスコの世界遺産に登録されている。

遺跡を見学する前に、チャム族の伝統舞踊を見学することができた。鮮やかな民族衣装に黄緑色の大きな団扇を両手にもった4人の女性が、リズムに合わせて上品にステップを踏む。その後はチャルメラのような楽器を吹きながらおじさんが華麗なダンスを披露してくれたが、このおじさんものすごかった。2分以上もの間、この方は音をとぎらすことなくその楽器を「ブーー!!!」と吹き、それに加えて楽しそうに踊っているた。熟練の技に拍手を送った。

踊り
伝統舞踊。

笛吹きのおじいちゃん
笛吹きのおじいちゃん。

伝統舞踊
きまった。

遺跡はいくつかのグループに分かれており、私たちはまずグループGから見ることになった。木から作られたのりでつなぎ合わせたレンガの遺跡は大きく破損しつつも美しく、レンガに生えた緑の草がその美しさをより一層強めていた。壁には女神像がいくつも彫られており、以前行ったアンコール遺跡群を思い出した。しかしここの像の頭だけは石でできており、継ぎ目を見れるところがとても興味深い。ヒンドゥー教の寺院などへ行くと、必ず男性のシンボルであるリンガを見ることができるが、ここにもそそれが置かれていた。今まで全く知らなかったのだが、リンガの下にある器のような石は女性のシンボルであるヨーネであり、これがセットになっている場合は夫婦を示し、ヨーネしかないものは離婚を示しているのだという。このようにガイドさんがいると、遺跡をさまざまな角度で観察することができるので、本当に楽しめる。遺跡の周辺には大きなクレーターを発見することができる。ここミーソン遺跡はベトナム戦争当時、ベトコンたちが活動拠点として利用していた場所だったこともあり、今でもアメリカ軍が投下した爆弾の跡があちらこちらで残っている。

ミーソン遺跡
ミーソン遺跡。

リンガ
リンガ。

グループAはほとんど寺院の枠組みしかない遺跡だった。しかしベトナム戦争以前、ここには約24mの巨大な寺院が建てられていたという。遺跡はあまりみるところがなかったのだが、ここの前でガイドさんが話したお話がなかなか面白かった。当時チャム族は女性の方が長であり、結婚は男性が婿入りすることを示していた。仮に奥さんが亡くなった場合は、男性は3年間結婚することができず、3年後はその奥さんの妹と結婚することが許された。「え?なんで妹?!」っと驚いたこの話はかなり印象的だった。

グループA
グループA。

自由見学の後、ボートツアーを諦めたフクコちゃんと私はバスでホイアンに帰ってきた。時間は14時前であり、私たちはホイアンで有名な「ホワイト・ローズ」という米粉で作った皮にえびのすり身を詰めて蒸しあげた一品を食べに、その名もホワイトローズというレストランへ行くことにした。店内は比較的がらんとしていたが、私たちが席に座るやら、日本語を流暢にしゃべるお姉さんがベトナムの歩き方と情報ノートを持ってきて、私たちの前に差し出した。そしてこの店が紹介されているページを指差し、「ホワイトローズ、揚げワンタン」っと言われた。どうやらここの店、この二種類のメニューしかない。私は白米もほしかったが、ないのであれば仕方がない。うちの感想として、ホワイトローズはまぁまぁだった。フクコちゃんはかなりヒットしていた様子だったが、ホワイトローズを食べるときにつけるタレが甘酸っぱく、しょうゆベースたれが好きな私としてはちょっと物足りなかったかな?

これだけで物足りなかったので再び別の屋台を探し歩いていると、先ほどのミーソン遺跡ツアーに参加していた日本人の兄さんがいた。3人で屋台で食事をしたのち、お兄さんが持っているラオスの地球の歩き方を借りることができた。二人はるんるん気分でコピーし、その後昨日注文したサンダルを受け取るためにサンダル屋さんへ出かけた。そしたら偶然星さんと合流し、三人でサンダル屋さんへ向かうこととなった。できたサンダルを履いてみたが二人で一言つぶやいた。「でかい。」サイズを測り、きつめに作ってくれと言ったのにも関わらず、サイズはスカスカでこのままだとサンダルを遠くへ飛ばせそうである。私たちはここがでかいのやら、こっちがゆるいのだの抗議し、おねえさんにサイズを調整してもらうよう、お願いした。おねえさんは「わかった、わかった」というだけで、メジャーで図ろうともしない。なんだ、この対応の差は。再び抗議するとお姉さんはしぶしぶ靴すかすか具合を見ていた。お姉さんは「ここに7時に来てくれ」っと言ったが、またここまで来るのは面倒と思ったので、宿へ届けてもらうようにお願いした。私たちは念を押し、その場を去った。

7時過ぎ、部屋をノックする音が聞こえた。ロビーへ行ってみると先ほどのお姉さんがサンダルを片手に待っていた。私たちは早速試着したが、先ほどよりもよくなったものの、まだでかい気がする。お姉さんに親指の辺りの緩みを指摘たが、「それはこういうものだ。」と言われ、その場では二人とも「まぁいいか。」っと思い、お姉さんにお金を払った。しかしそのサンダルで宿の中を歩いてみると、その緩さは半端でなかった。足を支えるベルト部分が緩いため、歩くときやたら疲れるのだ。これではわざわざオーダーメイドしてまで作った意味がない。これならまだ店のディスプレイのサンダルのほうがましである。フクコちゃんはぶかぶかのサンダルに、怒りで沸騰していた。

今日の夜も星さんとの約束をしており、二人で作ってもらったばかりのサンダルで行くことにした。今日はいつもと違い少し離れたレストランで食事をすることになったが、作ってもらったサンダルで町を歩いていて思った。「これは不良品だ。」うちもさっきまではフクコちゃんほど怒っていなかったが、最悪の履き心地に怒り爆発、これじゃあ作ってもらった意味がないという結論に達した。うちとフクコちゃんは再度サンダル屋さんへ行って抗議することを心に固め、サイズを調整してもらえないのならば既成サンダルと交換してもらい、お金も少し返してもらおう、ということで合意した。私たちは脳みそが沸騰の状態でサンダル屋に行った。しかし到着するといままで対応していたお姉さんはおらず、代わりに妹さんが店先にいた。顔がそっくりだ。この妹さんに事情を話すと、申し訳なさそうに謝り、これからまたサイズを調整するので1時間待ってほしいと言われた。お姉さんとあまりにも対照的な対応に、少し拍子抜けつつも妹さんは長すぎるストラップ部分を丁寧にしるしをつけ、私たちの要望にもすべて耳を貸してくれた。一生懸命な姿に、うちとフクコちゃんは怒ることをすっかり忘れてしまっていた。これから食事する予定のレストランを伝えると、妹さんは「8時に届けます。」との返事をいただいた。履いてきたサンダルを取り上げられた私たちは既成品のサンダルを借り、レストランへと向かった。

たまたま通りかかった市場の前で、今朝バスで一緒だった大阪出身のおばさんがコーンをぼりぼりと食べていた。そして話を少ししていると一緒に食事を取ることになった。席につくなり、大阪のおばさんが店員さんに「Can you speak Chinese?」っと言って店員が「Yes」というとおばさんはぺらぺらと中国語をしゃべりだした。なんなんだ?!このおばさんは。話によると、おばさんは2年間北京で最も偏差値の高いといわれる大学で日本語を教えていたという。それにしてもなんでベトナムで中国語を話す必要があるのだ!?英語のほうがよっぽど通じると思うんだけど。そこからおばさまの大阪人魂は爆発、次から次へと話題が出てきて話が途切れることはなかった。しかしこの方、少し表現が失礼なのよね。「今就職していないってことは、独身貴族なんですか?!そして親のすねをかじっているのですか?!」ちょっとカチーンっときつつもおばさんが言っていることはまんざらでもなかったので、言い返す言葉がなかった。まぁ以後こんな感じで異様な食事会は続いていったのです。ちなみに食事は美味でした、美味。

8時ごろ、サンダルを届けに妹さんが到着した。話によると、今日はもう夜遅いため調整することができず、二人とも履いている既製品を引き取るのであればお金を少し返してくれると言った。わたしたちは「もう既製品でいいや。」っと思っていたので、快くオッケーし交渉の結果$2分返してもらうことができた。

結局自分の選んだ色のサンダルを作ることができなかったが、私たちは笑顔で宿に戻った。
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【ベトナム】お買い物日和。 (ホイアン)

2005.02.17 Thursday

バスは朝6時にホイアンに到着した。出発が2時間以上遅れていたのにも関わらず、到着時間は変らずとはどういうことなのだろう?今回乗った夜行バスは眠るのにもっとも適さないバスだと思った。肩がこって疲労も溜まっている。うちの隣に座っていたでっかいイギリス人のお兄ちゃんはバスの通路に寝転んで寝ていた。いくらなんでも、そんな汚い床に寝転ぶ勇気がうちにはない。

前回と同様、バスは宿泊先をいくつか転々とし、私たちは「Most Reasonable Hotel」大作戦を決行したが、一番安い宿で$7と言われた。ん〜、どうしてもツインで$6の部屋を探したい!私たちは$7の宿に荷物を置かせてもらうと、自力で探すため、町へ繰り出した。

「ツインで$8」という返事が多い中、私たちは$6のツインの部屋を見つけることができた。部屋はトイレ&シャワー別で、屋根裏にあるんだけど、なんとそこの宿にはプールが付いていた〜!おー〜!私は水着を持ってきてないので泳げないけれども、なんかリッチな気分☆

しかし今はまだ部屋に人がいるので、チェックアウトするまで待っていてくれ、と言われた。こればっかりはしかたがない。早くベットで休みたかったけど、私たちはチェックアウトの12時前後までそこらへんをうろちょろすることにした。

二人で軽く朝食を済ますと、フクコちゃんはホテルのプールで泳ぐということだったので、うちは一人近くを散策することにした。ここらへんにはオーダーメードの服をつくる店ばかりが密集しており、店の前には微妙なマネキンたちが埃をかぶった服を着て立っている。どれも似たようなデザインの服が飾られている中、うちの心をぎゅっと掴んだ短パンがあった。だぼっとしたタイプの黒い短パンだけど、ジッパーの部分が右斜め前にあり、二本の紐でさらにリボンで縛られるようになっている。かわいいなぁ。欲しいなぁ。値段を聞いたところ$15と言われた。え〜〜!!!そんなにするのおぉぉぉ!!他の店で短パンを聞いたら$8やら$7と言われたので、そのぐらいを予想していたが、2倍の値段に思わずため息がでてしまった。でも、このデザインを置いてのはここしかない。うちは迷ったが、最終的にはここで買うことにした。だってね、気に入ったんだからしかたがない。早速おばさんと値段交渉をしたが、思うように値が下がらない。このおばさん、割腹がよくていかにも「値下げしまへんで〜。」っという姿勢で挑んでくる。うちが気に入っているということだけあって、強気だ。粘ったが、どんなにがんばっても値段が$13に下がらないと諦めたわたしは、結果的に$13でパンツを注文することにした。おばさんは値段交渉のときは渋い顔をしていたが、うちが$13でオッケーっと言った瞬間態度が一変、「他のもどうだ?どうだ?」っと薦めてくる。いや、一つでいいから、っときっぱり断る。生地は夏用に合わせて涼しいものを選択した。今日の16時に出来上がるということで、ちょっと楽しみだ。今回のたびで一番のお買い物かもしれない。

12時近くになり宿に戻ってみたが、フロントの人から「今日12時にチェックアウトする予定だった人が、午後5時まで部屋にいるっということになった。」っと告げられた。一刻も部屋で休みたかった私たちはがっかり。ホテルの人たちも申し訳なく思い、他の高級な部屋を用意してくれた。おお、これはラッキー!!うちはバスタブ付きの浴室でシャワーを浴び、少し横になった。

2時ごろからフクコちゃんと一緒にホイアンの町の散策に出かけた。観光を始める前に、私たちは明日の「ミーソン遺跡ツアー」を予約するため、HANN CAFEオフィスに行った。一人$2と超安い。紙にちょこちょこっと名前を書くと、「明日はこのオフィスに8時に集合してください。」っと言われた。対応してくれたおっちゃんはなんともぶっきら棒な感じなんだけど、サングラスにくわえタバコと、なかなか渋くてかっこよかった!おっちゃんやけどな。

主要の観光地が見られる5枚綴りのチケット($4)を買うと、私たちはまず日本橋に向かった。屋根が付いた小さなこげ茶色の橋の中にはお寺があるみたいで、中は多くの観光客で賑わっていた。そのとき、とても元気な星さんという日本人のおばさんと知り合った。私たちはこの後、15時にスタートする民族楽器の演奏を見に行くのことを話したら、星さんも行くということだった。しかし、星さんは自転車で町を散策していたので、そこで一度お別れすると、私とフクコちゃんは町を歩いた。古民家が立ち並ぶホイアンの町はこじんまりしており、軒先には気のきいた雑貨があちらこちらにならべられていたりして、とてもかわいらしい。色とりどりのちょうちんを見て、「あぁ、ほしいなぁ」っと思いつつも、こんなん今買ったらえらい荷物になると思い、諦める。

日本橋
日本橋。

ホイアンの町並み
ホイアンの町並み。

民族演奏の会場は、古い民家のような外見の建物の中だった。前にはライトが灯されたステージがあり、ステージ前にはすでに多くの観光客が小さな椅子に座って待っていた。私とフクコちゃんは中ほどの席に腰掛けた。左手には、さきほどお会いした星さんもいる。

民族演奏は15分程度だった。前半は鮮やかな衣装を着た始めは楽器のみによる楽器演奏で、後半は歌と踊りつきの演奏だった。ちょっとあっけなく思いつつも、私はその後同建物の中にある、民芸品のワークショップを見に行った。細い竹の骨組みに紫色の布を貼り付けながらちょうちんを作るお姉さんもいれば、ミノと金槌を使用して大木を仏の形に彫っている職人さんもいる。横にはおみやげ物がずらずらと並べられているので、それらを手に取りながら店内をぐるぐると見ていたのだが、どれも値段が高いね〜。

演奏
民族演奏

敷地内に休憩できる小さなテーブルと椅子があったので、先ほどお会いした星さんと私たちは腰掛けた。星さんはハノイにいる友達を訪ねにきたらしいのだが、ハノイの他にホイアンやフエを数日間観光するとのこと。女性一人で元気だなぁ!!圧倒されてしまう。軽くお話しすると、私たちは夜一緒に食事することを約束した。星さんは「今日ここホイアンでおじさん一人旅の方と会ったんだけど、その人も夜一緒してもいいかしら?」と話してきた。「もちろん!もちろん!!」どんな人なんだろう?興味津々。

私たちは再び星さんと別れると、次は市場へと向かった。食料品というより、雑貨が多い市場だった。近くの博物館や寺院をぼけーっと見ていると、天道よしみに似たベトナム人のおばさんが「私たちの店を見に来てよ!」っと声かけっれた。「いや、いいです。」っと二人で答えつつも、このおばちゃま、とってもしつこい。振り払おうとしても「ちょっとだけよ、ちょっとだけよ。」っと英語でいわれ、あまりのしつこさに私たちもギブアップ。「じゃぁ見るだけね・・・。」私たちは仕方なくおばさんに誘導されながら店へ行くことになってしまった。

寺院の線香たて?
寺院の線香立て?

寺院の花。
寺院の花。

着いたところは、服飾の問屋街のようなマーケットだった。こんなところがあったなんて、知らなかった。周りには服の問屋だらけで、私たちが歩いていると四方八方から「ドレス作らない?」「アオザイ作らない?」の声が飛び交ってくる。私たちはおばさんの店に到着すると、椅子に座わるよう、言われた。でも私は座りたくなかったので、結局フクコちゃんだけが腰掛けると、店の女の子がぼろぼろになったアメリカのファッション雑誌を取り出し、見せてきた。この雑誌に載っているドレスならどれでも作れるという。そのほかにもいくつかの雑誌を見せてくれたが、どのドレスもスレンダーボディの欧米人モデルが着ているので、素敵に見える。試しに値段を聞いてみると、その値段は宿周辺の服屋よりも断然安かった。ただ、「この通りできるなんてね〜、わかりませんからね〜。」私はフクコちゃんと日本語で言葉を交わす。ここは問屋のせいか、店には洋服のサンプルが全くなく、布と雑誌しか置いていない。つまりこの雑誌のイメージ通りになるかなんて、出来上がるまでわからないわけで、半ば「賭け」のような買い物なわけです。私たちは「またホイアンへ来る予定なので、その時に購入しようと思う。」という嘘をつき、さっさと市場から脱出することにした。出口に向かっていると、他の店のおばさんに腕をがしっ!!っと掴まれたときはびっくりしたなぁ。

市場の外には、靴の問屋が軒を連ねていた。一つの店でオーダーメイドサンダルの値段を聞いてみると、「一足$4」と言われた。安い!他の店では同じようなものを「$7」っと言っていたのに、問屋ではこんなにも違うものか。聞いて見ると、明日の夕方には出来るということだったので、私たちはここでサンダルを購入することを決めた。それぞれ思い思いの色とデザインを選ぶと、お姉さんは足のサイズと甲の高さを測りだした。オーダーメイドっていうもんだから、足にぴったりとフィットするサンダルが出来るのかな?わくわく。

夕方、少し部屋でゆっくりした後、私たちは星さんと約束した場所へ歩き出した。宿から角を曲がってすぐのところだ。到着した時間は、約束のちょうど7時だった。しかし、星さんがいない。5分待つが、星さんはやっぱり来ない。「約束の場所を聞き間違えたのかな・・・?」ありうる。そんなときのために、私たちはなんともう一つ約束場所を決めていたのだ!約束はこんな感じ。「お互いが7時に約束の場所にいなかったら、XXの交差点で会いましょう・・・。」そして私たちが行ってみると、星さんがいらっしゃった!集合場所を二つ設けておいてよかった、よかった。しかし、もう一人のおじさんがまだ来ていない。三人でぺちゃくちゃとしゃべりながら待っていたが、おじさんが現れる気配が一向にない。「あのおじさん、耳が遠いから聞こえてなかったのかもしれない・・・。もう食べに行きましょう!」私たちはもうおなかがぺこぺこだったので、近場のレストランで食事をとることにした。

レストランには欧米人のお客がぽつぽつと座っていた。私たちはバナナの葉で蒸した魚料理、揚げ豆腐とトマト炒め、生春巻き、などなどを注文すると、ホイアンのローカルビールである「タイガービール」で乾杯した。注文して間もなくすると、レストランにはぞくぞくと客が入ってきて、気づくと満席になっていた。私たちは話をしながら料理を待つが、20分たっても料理が一皿も出てこない。周りのお客さんもなかなか注文した料理が出てこないらしく、苛立ちから店員に「料理はまだか、まだか?」っと催促を促している。そして待つこと40分、ようやく料理が出てきた。しかも、注文した料理全て(笑)どうやらここのレストランは注文受けた順に作っているらしく、受けた料理は全て一緒に提供するをモットーとしているらしかった。ちょこちょこ一皿づつでも提供してくれたらいいのにねぇ(笑)でもここの料理は本当においしかった。特にバナナの葉で蒸した魚料理は絶品!白身だったから川魚だと思うんだけど、塩コショウとのシンプルは味付けが憎かった。この料理は他に比べると少し値段が高かったんだけど、それだけ食べる価値があった。やっぱり食事は大人数で食べるに尽きますね。料理のバリエーションが増えるし。

さて、明日は遺跡ツアー前に洗濯するで、早起きするぞ〜!
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【ベトナム】ムイネー観光、そして深夜バスでの移動。

2005.02.16 Wednesday

ドアのノックが響いた。あわてて飛び起きて時計を見てみると、4時50分だった。昨日の夜4時40分頃目覚ましをかけたはずなのに、どうも鳴らなかったらしい。もしくは腕時計についている目覚ましなので、自分が気づかなかったのかもしれない。昨日の夜はフクコちゃんが「明日バイクタクシーの兄ちゃん本当に起きれるか、心配。」っと行っていたが、私たちのほうが起きれてなかった(笑)10分で用意をすまし、部屋を出た。

外には2台のバイクタクシーの運ちゃんが待機していた。まだ日も上がっていないので、結構肌寒い。フクコちゃんは若い兄ちゃんのほうのバイクにのり、うちは念のためにとウィンドブレーカーを着用したあと、おじさんのほうのバイクに乗った。暗闇の中、二台のバイクははじめの場所、White Sand Duneに向けて出発した。

ウィンドブレーカーを着用していて正解だった。はじめのほうはバイクもゆっくり走っていてくれたのだが、朝日に間に合わないかもしれないと思った運ちゃんは、人気のいない道路を猛スピードで飛ばした。その時速約80Km。運ちゃんが乗っていたのは100ccのバイクだったと思うが、そのぐらいの時速になると寒いわ、顔は痛いわ、振動が全身に伝わってびりびりするわ、で内心「早く到着してくれ〜!!」っと祈っていた。フクコちゃんの運ちゃんのほうは100Kmぐらいで飛ばしていて、フクコちゃんはかなり参っていた。

バイクで走ること約1時間、空が徐々に明るくなるにつれて周りの景色も緑の大地から、赤茶色の大地に変わっていた。遠くには真っ白な砂漠、そして美しい湖が見える。道は砂利道になり、バイクはスピードを落としたので私はその景色を堪能した。でこぼこ道を走ること数分、バイクは湖畔近くにある店の前に止まった。そこから私たちは運ちゃんを追いかけるようにして小さい白い虫が異常発生している林の中を歩き、White Sand Duneへ向かった。林を抜けるとそこには真っ白な大地が果てしなく広がっていた。足跡がいくつか見えつつも、その滑らかな砂の芸術にうちはしばし見とれてしまった。すこし歩いていると、ウェディングドレスを着た女の人と、タキシードを着た男性が砂漠のど真ん中でポーズを取っていた。周りには数人の撮影スタッフで群がっており、彼らにカメラを向けてシャッターを切っている。これはどうも結婚写真の撮影らしかった。台湾や韓国では結婚の記念に幾つものポーズを撮影した自分たちの写真集を作る習慣がある、と聞いたことがあるが、ベトナムでもそうらしい。うちが見たとき、男の人はギターを片手に抱え、女性の人は男性の方の肩に腕を添えていた。それにしてもかなり二人とも大変そうだ。

撮影中です。
撮影中です。

私たちは砂の山の上から朝を見るため、砂山を登ることにした。しかし砂の山はまるであり地獄のように私の足を覆い隠し、砂に埋もれた靴には大量の砂がもぐりこんできた。重い。息を少し切らしながら山頂につくと、私たちは東向いて座り、朝にの登場を待った。すると、ゆっくりと赤い太陽が昇ってきた。真っ白な砂の大地に大きな赤い太陽。そのコントラストがたまらなく美しくて、私はその景色を数分間眺めた。フクコちゃんはさらに向こう側の砂山を目指して歩いていったが、すでに疲れていた私はその場にとどまることにした。

White duneの朝焼け
White duneの朝焼け

砂丘
砂丘。

砂丘と私?
砂丘と私?

目の前に広がる砂漠の真ん中で、天秤を抱えながら砂漠の中を歩く女の人たちが二人いた。そしてその様子を撮影する部隊がもう一つの小高い砂漠の丘の上にいた。何かの撮影らしかった。以前お土産屋で砂漠の中を歩く女の人のはがきを見たことがあったが、そうか、こんな感じで撮影していたのか。しばらくして、帰ってきたフクコちゃんはへとへとに疲れきっていた。

湖の畔に戻ってきた私たちは、朝食をとることにした。二人のバイクタクシーのうち、おじさんは「ウッ」さん、もう一人のお兄さんは「?(今思い出せない。思い出し次第記します)」さんだった。ウッさんはあまり英語しゃべれないのだけれども、なかなか渋い感じのおっちゃんで、もう一人のお兄さんは日本語と英語を結構話すなかなか男前のお兄ちゃん。二人ともいい人で、楽しい朝食だった。

近くの湖
近くの湖

次に私たちが向かった場所は海近くにグランドキャニオン並みの赤い土岩が広がるところだった。入り口付近には子供たちがいっぱいいて、ポストカードを片手に巧みな日本語で「お姉さん綺麗ね。」なんぞ言ってくる。「そんなお世辞を言っても買いませんよ〜。」二人でまるで探検気分で赤い岩の隙間を登り、そこから海のほうを見た。絶景だった。太陽の光できらきらと輝く海と真っ赤に燃える自然が作りだした土の彫刻。この場所になぜこのようなものができたのだろうか。私は試しに岩を少しつまんでみた。するとあっさりと崩れ、指先に赤い土が残った。あまりにももろかったので、ちょっとびっくりした。

キャニオン
キャニオン

その後、Red Sand duneへ向かった。ここはWhite Sand duneの赤い版なのだが、White Sand duneとは違い、ここではぺらぺらのプラスチックでできたそりの貸し出しをする子供たちの姿があった。私は試さなかったが、楽しいのだろうか?

そりの貸し。
そりの貸し。

休む物売りの人たち
休む物売りの人たち

最後に向かったのはムイネー村だった。市場、そして漁港の二つにつれていってもらったのだが、ここの市場はすごかった。世の中の何パーセントかのハエがここに集結しているのではないか、と思えるぐらいハエの量が史上最強に多かった。商店のみなさんはもうハエをはらうことすら諦めている。特に凄かったのが魚を売っていたお店。朝獲れたばかりの魚はハエで埋もれ、真っ黒になっていた。ここの市場は多くの人で賑わっていたけれども、私は何一つ買う気が起こらなかった。ところかわって、漁港はとても美しかった。赤、青、黄色、緑の色とりどりの船がエメラルドグリーンの港に停泊しており、それはまるで絵画のようだった。船以外にも一寸法師のように丸い籠の中でオールを漕ぐボートもあった。

マーケット
マーケット。

みんなほとんど同じ帽子だ。
みんなほとんど同じ帽子だ。

カモも売っています。
カモも売っています。

ムイネーの港
ムイネーの港。

ふくこちゃんとドライバーたち。
ふくこちゃんとドライバーたち。

朝の5時からスタートしたこのツアーは6時間フルに回ってもらって$5と、とても満足の行くものだった。終わったあと、フクコちゃんはウッさんがバイクの鍵につけていえびのキーホルダーをもらっていた。ちなみにベトナムでえびのことを「トム」といらしい。フクコちゃんはお返しに交通安全のお守りをウッさんにプレゼントしていた。

昼食は昨日と同じで、袴田似(?)だけどきしょく悪いお兄さんのいるレストランで食べた。私は昨日帽子を忘れたので、そのことをお兄さんに話すと、わけわからにことを言われた。「昨日ね、ウサギがやってきてね、あなたの帽子を被って山に逃げちゃったんだよ。ふふふ。」この人、一度あの世に行って修行してきたらいいんじゃないの?!っと思った。お兄さんがいない隙に、他のお姉さんに帽子のことを聞いてみると、レジのすぐ下の棚に私の帽子が置いてあった。お姉さんに感謝をいい、帽子を受け取ると、そのタイミングでお兄さんが戻ってきた。「ちょっと、僕の帽子を取らないでよ〜〜。」思わず絶句。

ニャチャン行きのバスはほぼ時間通りに到着した。外は太陽がぎらぎらと輝き暑いが、バスの中はエアコンが効いていて快適だ!バスは朝White Sand dune向かったときの道を通り、予定より2時間近く遅れてリゾートで有名なニャチャンに到着した。今晩に備えた食料を買い、私たちは次の目的地、ホイアン行きのバスに乗り込んだ。深夜バスということでリクライニングを期待したが、全くの期待はずれで椅子は5度ぐらいしか倒れず、座席のカバーもビニール製だった。やがてバスは走り出し、数分後消灯の時間となったのだが、通路挟んで隣に座っていたお兄さんは通路を誰も通らないタイミングを見計らって、直に通路に寝ていた。確かにこのお兄さんは180cm近くあり座席で寝るのは窮屈かも知れないが、よく地べたで寝れるもんだと思ってしまった。

途中止まったサービスエリアで前の座席のベトナム人が吐いた。私はその様子を見ていなかったのだが、一部始終を見ていたフクコちゃんは前の人がビニール袋を窓から捨てるのを見て、相当ショックを受けていた。その後も時折嗚咽の声が聞こえた。今夜は長い夜になりそうだ。

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【ベトナム】まったり、まったり。 (サイゴン〜ムイネー)

2005.02.15 Tuesday

朝6時半起床。今日はホーチミンを脱出して、いよいよ北上するぞ。昨日かばんと下駄を買った影響で荷物が増えたかな?っと思っていたら思ったほど変化なく、少しほっとした。荷物をまとめ、フクコちゃんと一緒に7時頃宿を後にした。

集合場所は宿から徒歩30秒以内にあるツーリストオフィス前なので、すぐに到着した。すでに数人の人がバスを待っていたが、私たちはまず朝食を調達するために、近くのサンドイッチ屋さんへ行くことにした。私はハム入りのフランスパンサンドイッチ、フクコちゃんはチーズ入りのフランスパン注文していた。

約束の7:30になってが、一向にバスが迎えに来る気配がない。ツーリストオフィスの人たちによると、今日はバスが遅れているのだという。「あぁ、毎度の事ね・・・。」っと思いながら待つこと40分、バスが漸く到着した。約80人ぐらい乗車可能な大型バスで、エアコンつきだった。近くにあいている席に座ろうとすると、後ろに座るように誘導された。でも二人で座れる席がなかったので、再び最初に座っていたところに戻って座っていると、添乗員のおじさんがきて「あなたはエコノミーだからあっちだ。」っと言われ、二列後ろの席に案内された。ん?2列で何か大きな違いがあるのだろうか?

それからバスはさまざまなゲストハウスから乗車の人たちをピックアップすると、ムイネーへ向けて出発した。はじめは二人とも話しで盛り上がっていたけど、あまりの眠気にいつの間にか眠りについていた。しかしこの椅子、めちゃめちゃ座り心地が悪い。ソファーが硬いのが原因なのかもしれないけれど、起きたとき肩が凝るわ、首は痛いわ、で二人ともぐったりしていた。

ムイネーには12時半ごろ到着した。一本道の両側にはいかにも「リゾート」っという言葉がぴったりのホテルが並んでいた。立派なガーデンがあり、敷地内にでっかいプールも完備、そしてホテルの後ろにはまっすぐな地平線を望むことができる海がある。もう最高じゃありませんか!私たちは早くもムイネーの高級リゾート雰囲気にのまれつつも、一方で「リーズナブル」なホテルが果たして見つかるか、危惧していた。

バスのお兄さんがいくつか宿を紹介してくれるということで、早速一件目の宿をチェックしてみると、ツインの部屋で「$15」という返事が返ってきた。私たちは最高でも$8の部屋を探していたので、部屋を確認するまでもなく、その宿を後にした。他の人たちは自分たちで宿を探すためザックをバスから取り出し、一本道を歩き出していたが、私たちはここら辺は宿と宿の間にかなり距離があるのを感じていたので、そのままバスに残り探すことにした。いくつかの宿を紹介してくれたが、どれも$10以下にならない。私たちはお兄さんに「Most reasonable hotel」を連呼していたら、お兄さんは「わかった、わかった。」っと少々呆れ気味で宿を紹介してくれた。そこは広い敷地内にレストランと大きな庭がある宿で、部屋は水シャワーだけど$8と私たちの願ってプライスだった。部屋を軽く確かめ、今日はここの宿に泊まることにした。しかしここの宿の兄ちゃん、失礼だけどへらへらしていて気持ち悪いのですよ!後でこのおにいちゃんの話はじっくりと・・・。

気づいたらもう午後の2時を過ぎていた。わたしたちは隣の宿のレストランで食事を取ることにした。フクコちゃんは野菜チャーハン、私は「肉と白米」というメニューを選択したはずが、肉チャーハンが出てきた。肉と白米がそれぞれ別々に出てくると思っていたので、「それならそうとはじめから書いてくれ」っと思わずつっこんでしまった。隣の軒先でビリヤードを楽しんでいる子供たちををちらちらと見ながら、ランチを楽しんだ。ここの注文をとった兄さんもかなり変だった。何が面白いのか、にたにたしている。しゃべり方もなんだかおかま風である。なんでムイネーはこんなに変なお兄さんが多いのであろうか?!この暑さに頭がいかれポンチになってしまったのか・・・?フクコちゃんは彼のことを「袴田さんに似ている。」っと言っていたが、「似てない、似てない!!」っと強く否定してしまった。彼はフクコちゃんの好きだった人に似ていたらしい。彼女はかなりショックを受けていた。

食後、宿のお兄さんにムイネー周辺の観光地へのツアーについて聞いてみると、旅行会社が主催しているツアーはなく、自分たちでジープやバイクタクシーをチャーターして見に行くしか方法はないということ。バイクタクシーだと朝5時から11時までの計5時間チャーターして、一人約$5という格安料金を提示された。白い砂漠で有名なWhite Sandduneで朝焼けを見た後Red Sanddune、そしてムイネー村も見れるという。明日は1時発のバスで次の街、ホイアンに向けて出発する予定だったので、私たちにはこのツアーを申し込むことにした。はじめはうちがカブ乗れるし、「一日$7のバイクを借りていくか?!」という話をしたのだが、Sand Duneまで約40キロあると聞き、私たちは断念した。それにしても、この宿の兄ちゃん、本当に気持ち悪い。人に対して「気持ち悪い」という形容詞を使うのはとっても失礼だとはわかっているのだけれども、これが彼を表現するのに最適な形容詞であるからしかたがない。一つ文章をしゃべるごとに「あは、あは。」と笑い、そのたびに丸い団子鼻から鼻毛の束が「こんにちわ。」と顔を出す。それにしゃべり方がおかまっぽい。というかおかまかも。はじめは二人とも必死に笑いをこらえていたのだが、最後の方はそれを通りこして二人でなるべくそのお兄さんと関わらないようにと、必死だった。

夕方、二人で海にいった。ムイネーの海は思ったよりも透明度は高くなかった。でも果てしなく続く地平線は美しく、水面は太陽の光を反射して光っていた。海で楽しそうに泳ぐフクコちゃんとは対照的に、一人サンダルを脱ぎ海にそっと足をつけてみた。思ったよりも温かい。その後再びレストランに足を運び、海が見える場所でコンデンスミルク入りのコーヒーを飲んだ。波のせせらぎに耳を澄ましながら、パラソルの下で昼寝をしたり読書をしたりした。肩こりの痛みを感じながらも、まったりした時間がたまらなく幸せに感じられた。

ムイネーのビーチ
ムイネーのビーチ。

今日は曇っていて素敵な夕日が見ることができなかった。でも海辺に座り、潮風を感じながら二人で話すのはとても楽しかった。今日はムイネーのゆったりとした雰囲気にすっかり呑まれた一日だった。
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【ベトナム】市場めぐり (サイゴン)

2005.02.14 Monday

今日はテト明けの最初の平日、っということで今日こそは市場は開いていることを期待して部屋を出た。ホテルの人においしいパン屋さんを聞くと、ここから10分ほどにあるところを2件教えてくれた。私たちは1件目の店でパイナップルのタルトを3000ドンで購入し、もう一つの店でサンドイッチを購入した。それらをもってカフェでカフェ・デ・スイヤを頼んでみたが、これが安く4000ドンだった。やっぱなんでも少し観光地を離れると安くなるものなのね。二人でサンドイッチを食したが、「このフランスパンはあご鍛えるのにはいいよね。」と評価していると、隣にもんちっち似の子供やってきた。ものすごくかわいかった。お父さんそっくりだった〜(笑)フクコちゃんと話をしていたら、彼女は昔器械体操をしていたんだって。私も昔器械体操をしていたと話していたら二人で驚き、笑いあった。だって、子供のころ「器械体操をやってました」って言う子はあまりいないじゃないですか?!これは驚きだった。それだけはなく、彼女は現在車の免許が取れたら軽トラに乗りたいっという夢を持っていた。これまた自分と一緒でわらけた。世の中には同じような考えを持った女の子もいるのね、なんだかほっとした(笑)

それから二人でチョロンにあるアンドン市場へ行くことにした。以前利用した同じバスに乗り、目的地に到着することができたのだが、思っていたよりも外見が日本のデパートのように立派でびっくりしてしまった。中は冷房が聞いており、化粧品や貴金属を販売している商店が並んでいた。しかし3階に行ってみてがっかり。店ほとんど開いてない。それにやたら庶民はの服しか売っていない。下着が安くで売られているが、素材がとても重く、これじゃぁ肩が凝りそうだ。ガイドブックに雑貨屋さんが充実していると書かれていただけに、二人はかなり期待外れの様子でアンドン市場を後にした。

しかーし!すぐ近くにあるビンタイ市場へ行こうとバス停へてくてくと歩いていると、あったぁ!アンドン市場が!どうやらさっきの場所は「アンドンプラザ」という名のデパートであったらしく、アンドン市場はそこから徒歩2分ほど西に歩いたところにあった。アンドンプラザなんぞガイドブックには載ってなかったし、同じ名前のものが同じような場所が隣接してあったので混乱してしまった。しかしアンドン市場は残念ながらまだ旧正月のため、休みであった。楽しみにしていただけに、とても残念。

ショッピングセンター?
ショッピングセンター?のアンドンプラザ

さらにバスを乗りついで、次は先日のリベンジを果たすべく、ビンタイ市場へ向かった。今日は開いていたぁ!市場の入り口前にはパラソルの下で甘味屋さんが軒を連ねており、お客さんは風呂場で使う椅子ようなプラスチックに座り、おいしそうに食べていた。私たちも迷ったが、今はやめることにした。薄暗い市場の中は、歩いて見るとほとんどの商店は商品の整理をしているらしかった。結構お客さんにかまわずやっている。テト明けなので、なんか色々準備があるのかもしれない。ビンタイ市場は卸し市場のような感じらしく、大量のビーチサンダルやら、衣類やら、おかしやら、あらゆる生活雑貨が密集していた。お土産物屋も少し売っており、私は先日ベンタイン市場で見たビーズのかばんを発見した。値段を聞いてみると「$1」といわれた。この市場のあとはふたたびベンタイン市場へ行くので、そこでの値段を確認してみよう。

甘味屋台
甘味屋台。

バスで再び宿周辺に戻ってくると、次は異常にボルことで有名なベンタイン市場へ行ってみることにした。先ほどビンタン市場で発見したビーズのかばんの値段を確認していると、「$3」といわれた。そうか、3倍以上の値がつけられていたか。市場をぐるぐるすること数分、一件のサンダル屋を見つけた。木製の底と足を支えう部分のデザインを選び、その場で作ってくれるサンダル専門店だった。しかも値段は50000ドン($4弱)と安い。素材によっても値段は変ってくるが、私はここでサンダルを購入してしまった。フクコちゃんはこの市場Tシャツを20000ドンで購入していた。二人ともいい買い物ができたと満足、満足だった。

明日はいよいよ長い間滞在したホーチミンとおさらばいたします!

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【ベトナム】ショッピングにがっかり。 (サイゴン)

2005.02.13 Sunday

今日も天気いい。青い空に太陽。ただ昨日の夜は近くの公園でテトの祭りをやっていたのか、大音量でのカラオケが本当にうるさかった。11時ごろには終わったのだが、本当になぜこんなに大音量でやる必要があるのか、疑問に思ってしまう。さておき、朝はデタム通りのパン屋さんでアボガドをフランスパンにはさんだサンドイッチとコーヒーミルクを頼んだ。アボガドは熟れておらず、かなり硬くてまずかったけど、氷がたっぷり入った大容量のコーヒーミルクはめちゃうまかった。ベトナム語でこのアイスコーヒーは「カフェ・スイ・ダー」と呼ぶみたいです。フクコちゃんが教えてくれた。このパン屋さんでとっても元気な女子大生に出会った。卒業旅行で10日間ベトナムに滞在しているらしいんだけど、お薦めのところを聞いてみたら「ニャチャンへのツアーが本当によかったですよ!!」っと目をきらきらさせながら話してくれた。うちはニャチャンには興味がなかったんだけど、いやぁうちはその若さに圧倒されてしまった。やっぱり若いっていいね。(まぁ私もまだ若いけどさ、ははは。)それぞれサントリー、損保ジャパンへの就職が決まっており、「いやぁ、二人とも大手だなぁ。」っとこれまた関心したと同時にこれからの自分のことについて少し考えた。(でも本当に少し)

その後、いくつかの代理店を回って明後日からのバス旅に備えたオープンチケットを探した。結局私たちはサイゴン〜フエまでで$15という最安値(フクコちゃんはハノイまでで$22)のHann Cafeの代理店でチケットを購入することにした。今まで会った友達はベトナム老舗の旅行代理店、シン・カフェを利用している人が多かったのだけれども、そこはフエまで$20と大きな差があったので、貧乏な私たちは諦めた。

フクコちゃんは戦争博物館へ、私は午後から一人ショッピング通りで有名なドンコイ通りへ向かうことにした。交通量の多い道を練り歩き、ドンコイ通りに向かっていると、昨日は閉まっていたベンタイン市場が開いていた。薄暗い市場内に入って見るとTシャツやアオザイを販売している店がずらっと並んでいた。前を通るたび「お姉さん、これ安いね〜。」「お姉さん、見ていてて」っという声が四方八方から飛び交ってくる。さすが多くの日本人観光客が見に来るだけあって、みなさん日本語が達者ですね。さらに市場の中を練り歩いて見るととてもかわいいサンダルやビーズのついた鞄、食器などが売られていた。色もデザインも思わず手にとって眺めて見たくなるものばかり。私が試しにビーズがふんだんに盛り込まれた結婚パーティには最適であろう鞄の値段を聞いて見ると、「これは$25ね。」っと言われた。「え〜!!」思わず大声でびっくりしてしまった。ここの市場はものすごくぼってくるという話は聞いていたが、これなら日本の値段と全くかわらないじゃないか。「日本と値段かわらないじゃないですか。」って言うと、「日本だとこの値段で変えないよ。これは手作り。」っと流暢な日本語で返答された。ほぼ完璧な日本語に一人恐怖を覚えながら、うちはさっさとその店を後にした。「この市場の人たちは手ごわそう。」そう感じた。

ドンコイ通りに向かう途中にもいくつかのかわいい服屋があり、試しに覗き値段を見てみたがドレスはどれも$40前後。ベトナムの物価を考えるとめちゃめちゃ高い。たしかに日本でドレス買うことを考えると安いかもしれないけれども、それでもなんだかお財布の紐が緩まないのはなぜだろう?ガイドブックに掲載されている店にも入ってみたが、どれもほど高い。日本で買うのとあまり変わらない値段の服や小物が洗練された店内に並べられていた。そういう見せに限って流暢な日本語で対応してくるし、値札には日本語の文字で説明書きがあったりして、うちはなんだか変な気分になった。服のデザインもよく見てみれば日本人好みばかり。ドンコイ通りまでくると店内にいるのはほとんど日本人で、店内は日本語ばかりが飛び交っていた。そのせいか、うちは店に入っても全く興味が湧かず店内をざっと見ては出て、ざっと見て出てを繰り返していた。うちはベトナムに来るまで雑誌でベトナム雑貨や服を見てとても楽しみにしていたのだが、現状を知ってすごくがっかりしてしまった。その日うちは結局何も買うことなく、思ったよりも早く部屋へ戻った。

部屋に戻るとすでにフクコちゃんが戻っていた。朝のコーヒーミルクが忘れられない私たちは夕方再び朝のお茶をすることにした。これまた二人で世間話をしたらあっという間に1時間過ぎていた。

夜、フクコちゃんは友達との約束があるということで、うちは一人アジアンキッチンというレストランへ行ってみることにした。うちが席について10分もたたないうちに店内はいっぱいになった。左斜め前には日本人の8人前後の団体が座っていたのだが、これがまたげらげら笑ったり話したりしかなりうるさい。それだけならまだしも人が増えるとうちの席に来ては「椅子を借りていいですか。」っと言いにくるし、「灰皿借りてもいいですか?」やら、店の人に言えばいいもののやたらうざかった。それに加え、料理が全く出てこない。時計を見てみると入店してからもう1時間経過していた。もうおなかが空いてて仕方がなかったので、うちはビール代だけ払い、その店を後にした。そして歩いて2分もしないところにあった屋台でフォーを頼んだ。おばさんに「いくら?5?6?7?」って聞いたら「7」って言ってきた。とんこつのだしが効いていてなかなかおいしかった。前のお兄さんは食べ終わると8000ドン払っていった。さすがベトナム、定価の概念がないのね。

今日の夜もちかくの公園で大音量の音楽祭が開催されていた。この音楽祭も今日で終了することを願って就寝・・・・。それにしても日記が全く追いついていない。
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【ベトナム】最も気まずい食事。 (サイゴン)

2005.02.12 Saturday

昨日は全く寝付けなかった。暑さのせいもあると思うけど、路上の騒音と部屋の外の物音が大きく、睡眠妨害が多い夜だった。隣のフクコちゃんも全く眠れなかったみたい。

朝はフクコちゃんが以前食べたというフォーの屋台に行くことにした。席に着き、値段を聞いてみたら「7000ドン」っと言ってきた。フクコちゃんが「この間は6000ドンだったよ。」っと女の人に声をかけたら、すぐに6000ドンになった。そんなもんなんかいな!!うちは今までフォーは太麺をイメージしていたのだけどフォーにも色々な種類があり、うどんのような厚さの麺からそうめんのように細い麺もあるのです。ここで食べたのは細めんのフォーだった。味はちょっと薄めだったけど、朝からおいしい朝食だった。

今日の朝は洗濯をはじめ自分の身の回りのことをやろうと思っていたので、特に大きな予定はなかった。そこでフクコちゃんと一緒に喫茶店でコーヒーを飲むことにした。外国人が行きかうデタム通りの町並みを眺めながら、色々な話をした。フクコちゃんはオーストラリアでの1年間のワーホリを終えたばかりの滋賀県出身の23歳。なんと妹と同じ精華大学の卒業生とだという。これから3ヶ月かけて東南アジアを旅行し、5月の頭に日本へ帰国を予定している。お互いの話でかなり盛り上がった。

フクコちゃんが私の部屋に移動きたのち、これまた約束していた柳さんとの食事に、フクコちゃんも誘うことにした。フクコちゃんは快くオーケーしてくれたので、早速二人で行ってみると、柳さんは少し待ちくたびれたような感じであった。私が友達を連れてきたことを知ると少しなんだか感じがすこぶる悪い。止まっていたバイクタクシーを呼び、フクコちゃんにそれに乗るように伝えると私を後ろに乗せ、バイクを走らせた。途中わけのわからないことを言ってくる。「その友達と一緒に行くことに決めたのか。」「はい。」「なんで?」っとか言ってくるし、彼女がルームメートであることを説明すると、「私のところに泊まればタダなのに。」なんぞ言ってくる。何を勘違いしているのだ、このおやじは。「もちろん、泊まるのは冗談」っと言っていたが、全然面白くない冗談である。

食事もとても気まずかった。この柳さん、言うことが「あんたは、がきんちょか!!」っと思わずつっこみたくなるほど、言うことがめちゃめちゃ失礼。怒りフクコちゃんの前で「僕はとても怒っている。二人きりのデートを予定していたのに・・・。」なんていう。おいおい、いつ誰がいつそんなことを約束したんだね?それだけでなく、「昨日、彼女をもう30分間とどめておけば、君に会わなかったのに。」なんて平気でいいよる。このおっさん、ほんまアホか、っと思った。本人は冗談のつもりかもしれないが、全く笑えない。というか、怖くなった。柳さんは普通に話しているつもりかもしれないが、どんどん雰囲気は気まずくなり、食事がのどを通らなかった。こんな最悪な食事は初めてだ。誘ったフクコちゃんには本当に申し訳なかった。

それからうちらはもうここから柳さんと別れて別行動を予定していたが、なかなか思うようにいかず、喫茶することになった。一台のバイクに3人乗り、近くの喫茶店に入り、わたしとフクコちゃんはコーヒーミルクを頼んだ。ひやひやながらの喫茶であった。柳さんが「僕は北海道に住みたい。」っという発言に対して、フクコちゃんが「私は京都の近くに住んでいるのですが、京都もいいですよ。」っと言って返ってきた返事はこれ。「僕は京都にも行ったことあるが、興味がわかなかった。」ふるさとをけなされたフクコちゃんは怒っていた。

喫茶の後、柳さんにベンタイン市場の近くでおろしてもらうようにお願いした。今日もテト(旧正月)のため、市場は閉まっていたが、とにかく一刻も早く「柳さん地獄」から脱したかった私たちは、「この周辺を散策するから大丈夫です!」っといい、なかば強制的に降ろしてもらった。その後二人でチョロンへ行くためにバスターミナルへ行った。優しく、かつなかなか渋いおじ様に誘導され、チョロンへ行くバスへ乗り込んだ。清潔な車内はエアコンが効いていて、チョロンまで2000ドン。これはいい。20分ほどして、チョロンについた。中国を彷彿させる町並みの中、二人で天井から巨大線香のようなものがぶら下がっている寺院を見たり、モスクに入ったりした。近くのビンタン市場へ行って見たが、テトのため休みであった。残念。

チョロンにある寺院。
チョロンにある寺院。

街中にあったお面屋さん?
街中にあったお面屋さん?

夜は二人でベトナムのスーパーマーケットへ行った。一階は食料品および日用雑貨がそろっており、二階にはゲームセンターと衣類が売られていた。かわいいプラスチックのおわんや頭悪そうなドラえもんの水筒とかを手に取ってみたが結局何も買わずにでてきた。でも大体の値段の相場を知ることができたのはかなりありがたかった。二階の古びたバイクゲーム(実際に自分がバイク型のマシンに乗って運転するやつ)を楽しんでいたが、急なカーブを曲がるときゲーム本体も一緒に少し移動していてわらけた。

彩りの野菜が盛られている。
彩りの野菜が盛られている。

夕食は屋台でフォーを食べたが、これがあまりおいしくないのに18000も取られた。従業員が多いせいかな?それに出された紙おしぼりを使用したからということで、1000ドン取られた。「え〜?!サービスじゃないの?!」っと叫びつつ、次回紙おしぼりを出されても絶対に使わないぞ!っと心に決めたのでした。豚
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プロフィール

名前:ひとみ
出身:大阪府
趣味:旅、曲作り。

自己紹介:
今まで訪れた国々はアメリカ、中国、インド、ペルー、ボリビア、チリ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、トルコ、エジプト、モロッコ。1ヶ月〜2ヶ月ぐらいかけて巡ってます。

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  • 【ラオス】値段交渉は難しい (チャンパサック〜ドン・デット)
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