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【ラオス】値段交渉は難しい (チャンパサック〜ドン・デット)

2005.02.25 Friday

昨日の夜は快適だった。途中目が覚めることなく、爆睡だった。一日でこの宿を離れてしまうのはとても名残惜しい。でも今日は多くの旅行者が「沈没」したがるところで有名なラオス南の島の一つ、ドン・デット(デット島)へ行くのだぁ!デット島を含め、多くの島が浮いているこの地域はラオス語で「シーパンドン(四千の島々という意味)」と呼び、メコン川には数え切れないくらいの島々が浮んでいるのです。なので、私の心はわくわくしている。「沈没」とはだいたい想像つくと思いますが、「長居する」という意味です。

9時過ぎ、パクセー行きの捕まえるために宿の前に立った。すると、宿のおじさんが椅子をわざわざ持ってきてくれたので、私はそれに腰かけた。ここのおじさんはとてもフレンドリーで優しい。ちなみにこのおじさんの名前はカンプイさん、だからカンプイゲストハウスという名がついたのですね。さておき、今日私はなぜ南下するのにパクセー行き(北上)のトゥクトゥクに乗るか。それはパクセー行きのトゥクトゥクでラオスの主要道路13号の分岐点でおろしてもらい、そこで南行きのトゥクトゥクを捕まえるということなのです。根気強く待つこと1時間、漸くトゥクトゥクが到着した。座る場所がなかったので、私はトゥクトゥク後ろのパイプを掴み、ステップに足を掛けた。

チャンパサックの村
チャンパサックの村のメインストリート。

向かいの宿(うち最悪な目にあった宿)からひとりの日本人のお兄ちゃんが乗ってきた。髪はドレッド、身長は180cmぐらいあり、服装もヒッピーだ。そうそう、オレンジレンジのボーカルの兄ちゃんに似ているかしら?お互いトゥクトゥクの後ろのステップに立ち、世間話をしているとは彼は昨夜私が悪夢を見た部屋に泊まっていたことが発覚した。おお!同じ人がいた!値段は$3と下がっていたのが、彼も蟻の襲撃を被ったという。同じような体験をした人がいたので、なんだか笑えた。彼はもう4ヶ月も間旅をしており、ラオスに来るのは今回が二回目だという。前回は2ヶ月近くかけてラオス北部を旅し、中国・ベトナムを経て今回は南ラオスを2週間かけてみる予定であり、彼もこれからシーパンドンの一つ、ドン・コーン(コーン島)へ向かうのだという。ルアンパパーンでのお勧めの宿を教えてくれた。

トゥクトゥクを乗せた舟でメコン川を渡り、道を走ること15分、13号線の分岐点に到着した。分岐点にはいくつかの商店があり、その中にカブのようなユリ根のようなものを売っているところがあった。ドレッド兄さんによると甘い味がするらしい。

待つこと30分、南へ向かうトゥクトゥクが来た。ドン・デット、ドン・コーン共に「$3」と、ちょっと高い感じつつも私たち乗り込むことにした。満員の車内にうちは滑り込み、ドレッド兄ちゃんはトゥクトゥクの上の荷台に上がった。私も荷台に行きたかったが、女性はだめだということだった。

車内はラオス人以外に、欧米人の旅行者でいっぱいだった。すし詰め状態の中、乗客はお互い肩を寄せ合い、床は荷物でいっぱいだったので脚が思うように伸ばせず、ひざが痛くなった。隣のおじちゃんはトゥクトゥクの心地よいの揺れに眠りについている。枯れた大地と緑の木を見ながら私はドン・デットへ着くのを待った。

途中ドレッドのお兄さんとさよならをし、3時間半でドン・デットへの入り口となる船乗り場(バン・ナカサン)へ着いた。船乗り場近くの屋台で汗だくだくになりながら麺を流し込んだ。牛肉がやわらかくて、これがとても美味だった〜!!船乗り場へ行くと、先ほどのバスで一緒だった欧米人3人が立っていた。私の推測だが、一人はイスラエル人女性、残りの二人はフランス人のカップルだった。彼らもドン・デットへ行くということだったので、私も彼らと一緒の船に乗って割りかんすることにした。

しかしそこからが大変だった。彼らが彼らはものすごい勢いで値段交渉をはじめ、現地の人が一人20000KIP($2)の値段を、一人10000KIP($1)にしろと言い出した。ドン・デットは結構大きな島であり、彼らも私と同様で隣の島(ドン・コン島)へ渡る橋のあたりの宿へ行きたかったのだが、現在浅瀬でボートでそこまでいけないとの話だった。本当かわからないが、そう欧米人たちは話してくれた。私が「ドン・デットに渡る料金を一人(一艘?)20000KIPぐらいだと思っていた」と話すと、「それは払いすぎよ。」との指摘を受けた。そうなんだぁ。

現地の人と話合うこと15分、4人で40000KIPということになったが、ここからがまた厄介だった。この欧米人旅行者たちが「ここで20000KIP払い、ドン・デットに着いたら20000KIP払う」と言い出したのだ。ラオス人の船乗りの人たちは断固として「それはだめだ!!」といい、彼らの要望を却下した。イスラエル人の女性が発言の中で「You don't trust us, We don't trust you.」っという言葉があった。確かにその通りかもしれないけれども、ずっとそんな気持ちで旅行していて何が楽しいのだろう、っと思ってしまった。埒があかない彼らは私がどう思うか聞いてきた。「私は彼らの言うとおり、払ったほうがいい。それ以外方法ないでしょう?」っというと、「僕はいままでさまざまなところで旅行してきたが、彼らを信用することができない。船を川の途中で止めることだってありうる。」っと言ってきた。色々な国を旅してきたことでさまざまな経験を土あってきたであろうが、それならばなおさらそれぞれの国で国民性の違いがあることを理解しておいてもいいのに、彼はどこの国にいっても同じように猜疑心の塊で現地の人と接するのであろうか。「じゃぁ、あんたなんで旅しているのよ、」って思ってしまった。私はラオスの人々は彼が思っているほど、ひどい人たちじゃないと思う。

そのとき、船乗り場にラオス人観光客がやってきた。彼らは普通にお金を払い、チケットをもらうと船に乗り込み、デット島に向けて出発した。その様子を見たフランス人の彼女が「ここは一つ信用して、お金を渡しましょう。」と言った。私たちは40000KIPお金を渡すと、船に乗り込んだ。

船はデット島へ向けて走り出した。エメラルドグリーンのメコン川には小さな緑の浮き島が幾つも浮かび、直径1mにも満たない小さな島もあれば、木が茂った大きな島もあった。ここには4000もの島があるという話もなるほど、頷ける。私は船のエンジン音が響く中、しばしその雄大な自然に見とれてしまった。

走ること10分、船はドン・デット島に到着した。それにしてもここがドン・デット島の中でどの場所に位置するのか、全く検討がつかない。ためしに現地の人に私が行きたいゲストハウスの名前を告げると、「ここから3kmある。歩いて45分ぐらい」といわれた。「え〜〜!!」どうやら島の反対側にうちの目的の宿があるらしかった。思いザックを炎天下の中背負って45分も歩くなんてとても耐えられない!それ以外にも何か手段はないのだろうか・・・?私は考えた。「自転車借りることも考えたが、それだと返しにこなければならない。ではまた船に乗り行くことにするか・・・?」そんな中、フランス人カップルの二人は悠々と歩を進めどんどん遠さがって行く。私は試しに一つのゲストハウスで船で目的のSantiphab Guest Houseまでの料金を聞いてみると、「一艘10000KIP」といわれた。先行くフランス人に声をかけようと走ったが、あまりにも遠かったので諦めた。私一人船に乗り込み、Santiphab Guest Houseを目指した。

カモちゃんたち
カモちゃんたち。

船を運転してくれたのは15歳の少年だった。しかし実際には15歳よりも幼く見える。彼は小さな島を幾度となく避けながら、そして水草がスクリューに絡まらないように時々スクリューを水の中から出したりして巧みに船をコントロールしていた。一人で船を独占している気分は最高だった。

目の前に石でできた大きな橋が見えてきた。これがコン島へつなぐ橋だ。目的のゲストハウス前に止まると、宿のおじさんが迎えてくれた。今日の宿はこじんまりとしたバンガローけれども、ベッドには蚊帳、タラップにはハンモックがあり、前のメコン川を眺めならが昼寝ができちゃう絶好なロケーションだった。夜は電気がないので、かなり質素な生活になりそうだわ。7つあるバンガローのうち、私は3番のバンガローの住人となった。

私はさっそくはもっくに寝転がった。川のせせらぎ、虫の音、小鳥のさえずり、遠くで聞こえる子供の声、すべてが心地よいBGMになっていた。やがて夕日が沈みあたりは真っ暗になった。隣の島(コン島)のレストランからぽつぽつろ蝋燭の炎が浮かび上がってきたので、私は橋を渡り、今日はそこで食事を取ることにした。蝋燭に灯されながら雰囲気のいい夕食・・・・♪っと思っていたら大間違い。ここは川辺にあるレストランで、周りは暗闇。もちろんあらゆる虫たちは光を目掛けて突進してくるのだ。無数の虫が炎の周りを飛び交い、謝って炎に飛び込み命を落とす虫も多数いた。虫は蝋燭にこびりつき、焦げていた。

帰り橋の上を歩きながら空を見上げた。しかし思ったよりも星の数が少ない。今日は天気があまりよくないのであろうか?再びハンモックに揺られながら月を眺めているといつの間に眠りについていた。ここで2時間ぐらい眠っていたらしい。おお、ハンモックマジック!

月明かりが眩しい中、私はバンガローに入り眠りについた。
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コメント
私も3週間前にそこに泊まりました。3番目だったので多分同じバンガローだと思います。船着き場から歩きました。確かにつらすぎる道のりで、バックパックしょったまま死ぬと思いました。
橋わたってドン・コンに泊まる人も多いみたいですよ。
  • Heidi
  • 2010/04/02 12:57 AM
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プロフィール

名前:ひとみ
出身:大阪府
趣味:旅、曲作り。

自己紹介:
今まで訪れた国々はアメリカ、中国、インド、ペルー、ボリビア、チリ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、トルコ、エジプト、モロッコ。1ヶ月〜2ヶ月ぐらいかけて巡ってます。

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