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【ラオス】暖かい歓迎 (ルアンバパーン〜ムアングノイ)

2005.03.10 Thursday

今朝も昨日と同じ具合に肌寒かった。出発の準備をしてチェックアウトをしたとき、初めてこの宿の支配人と思われるおじさんとあった。血色がよい、いかにもお金持ちそうだ。ルンくんは朝から宿のおばさんと一緒にルームメーキングをしていた。途中、写真を撮ってもらうようにお願いすると、「早く!」っと言われ、急ぐように急かされた。忙しい時間に頼んだうちも悪かったかもしれないのだが、朝見た彼は明らかにこの宿の「従業員」っといった感じで、おばさんの後について忙しそうに働いていた。昼間はいつもにこにこと自由に働いているように見えただけに、なんだかその姿は凄く対照的に見えた。

7時40分ごろ宿を出発して、早速宿の前に止っていた一台のトゥクトゥクに声をかけてみる。すると、北バスターミナルまで10000kipと言われた。これには驚いた。それに値下げにも応じない。ここはツーリストプライスなのか?っと思いつつも、走っていた一台のおんぼろトゥクトゥクに声をかけた。すると、始めは渋りつつも、笑顔攻撃の影響あってか、5000kipでターミナルまで行ってくれるとのことだった。おー、お兄ちゃん、ありがとう!

ノンキャウ行きのバスが発着するバスターミナルまで、結構距離があった。市内からざっと15分ぐらい。こんなにも遠いとは思っていなかったので、トゥクトゥクの運ちゃんには少し申し訳ない気がした。バスターミナルはこじんまりとしたものだった。そして、ここのバスターミナルには普通のバスとはちょっと違う、青いトラックが並んでいた。これがうわさに聞いていたトラック改造バスか!!北ラオスを旅すると、バスではなく「改造トラックのバス」に乗ることになるという話を聞いていたのだが、その時は全く想像がつかず、一人「どんなもんだろう??」とずっと思っていた。トラック改造バスは4トントラックの荷台に鉄組みの中には人が乗れるような座席をつけ、上には荷台を設けた。見かけは、トゥクトゥクの馬鹿でかい版って感じかしら?チケットを購入し、ノンキャウ行きのバスに乗り込むとすでに多くのラオス人が席についていた。まだ出発1時間前なのに、もうこんなに人が乗っているのか。みんな席を確保するために必死だ。うちも中に入り、なんとか体を押し込み席を確保することができた。バスの中には、中華系のおじさんも乗っていた。「あぁ、北上してきたんだなぁ。」っと一人思った。朝食用のパンを買い、しばらくすると、バスはきっかり9時に出発した。

北バスターミナル
北バスターミナル。

改造トラック。
改造トラック。

ノンキャウへの道も山道だった。くねくねとした道を、バスは煉るように進んでゆく。周りの景色は絶景だった。道路沿いには川が流れており、青々と茂る山が消えてはまた出現する。日本で見る景色に凄く似ているかも。ただ違うところは、瓦の屋根と違い竹で作られた家が立ち並び、時折鮮やかな民族衣装に纏った人たちとすれ違うことでしょうか。エンジンの振動が足の下から伝わってくるトラックバスの乗り心地は最悪だったけれど、その穏やかな風景にずいぶんと癒された。

バスが到着したところは、赤土の小さな空き地だった。どうやらここがノンキャウのバス停らしい。あまりにもバス停らしくないので、ここノンキャウがとても小さな村なんだな、という印象を受けた。外はとても暑かった。北上するということだけあって、あらかじめウィンドブレーカーを着用していたのに、汗だくになって失敗だった。チケット売り場のおじちゃんに舟の出発時間を確かめると、「午後2時」といわれた。着いたのが12時過ぎだったで、少し待つことになりそう。私は近くのレストランに入ると、豚のヌードルスープを頼んだ。これがこれがまずい。味がなくて、具も豚とトマトだけ。「おばさん、やる気ないやろう?」っとおばさんを見つめながら一人思った。

バス乗り場?
バス乗り場?

舟を待つところ。
舟を待つところ。

長細い舟がいっぱい。
長細い舟がいっぱい。

舟が出発したのは2時30分ぐらいだった。でもなぜか逆方向へ進んでゆく。給油場所と思われるところで5分ほど止ると、舟は再びさっきの発着所へ戻ってきた。どういうこと?見てみると、たった今ノンキャウに到着したばかりの他の外国人旅行者が、舟を目掛けて歩いてきた。そしてぞろぞろと乗り込み、先ほどまで余裕があった船内は、ギュウギュウ詰めになった。私はひざを曲げ、体を丸めた。そして同時に、ドン・デットで知り合った茂子さんの話を思い出し、緊張してきた。茂子さんによると、今の時期は水かさが低いため、ムアングノイ行きの舟の転覆事故が多いという。それゆえ、私もこのムアングノイへ行くことを一度諦めようかと思ったのだが、「ここは行っとかないと!」っと思い、今回来ることにしたのだった。とにかく、沈まないことを願う・・・。

舟の中の様子。
舟の中の様子。

この舟のエンジン音は強烈にうるさかった。振動がお尻にびりびりと伝わり、痛い。そしてなぜか私の腰の辺りだけ水が漏れているようで、お尻が濡れた。もぉ!しかし、周りの景色はすばらしかった。両サイドには美しいカーブを描いた山がそびえ立ち、川辺には緑の木と草が覆い茂っている。どうしてだろう、その景色はどこか懐かしく感じられた。

出発してから40分ぐらいして舟は砂漠の前に止った。そして舟の運転手が私たちに「降りろ」っと合図した。よくわからんが、ここから少しあるかなければいけないらしい。私たちを降ろすと、運転手は荷物だけ舟に載せたまま再び岸を離れて行ってしまった。この先が浅瀬だからだろうか?もしかしてこの先に村があるのかな?さまざまな思いを巡らせながら砂漠と草がぼーぼーに生えた道を歩いた。20分ぐらいして、舟が待機している岸についた。靴を脱ぎ、再び舟に乗り込むと、舟はゆっくりと岸を離れた。やっぱ浅瀬だったからだろうか?

そこから舟を走らせること約30分、前方にバンガロー幾つも立ち並ぶ小さな村が見えた。ムアングノイだ。「いよいよ来たのか。」私の気持ちは明らかに高まっていた。

舟が着岸すると、大勢の子供たちが集まってきた。中にはすっぽんぽんの男の子もいる。荷物を背負うと、私は村の奥の方へと歩き出した。以前ドン・デットで知り合ったイスラエル人の女の子に、「ムアングノイへ行くのなら、道のはずれにあるバンガローのゲストハウスがいいわよ。」っと薦められていたので、私はそれを目掛けて歩き出した。ムアングノイの小さなメインストリートを歩いていると、男の子が付いて来た。「ゲストハウスを見に来てくれ」彼はそういっていた。特に当てもなかったので、私は彼の後についてゆくことにした。すると、彼が案内してくれたところはTALEE Guest Houseというところで、山と川が一望できるバンガローだった。私はその展望の素晴らしさに一目惚れしてしまい、ここに滞在することを決めた。

荷物を置くと、私はすぐにハンモックに身を収め、ゆっくりと景色を堪能した。夕日が山の中へ吸い込まれてゆく。あぁ、なんて素敵な景色なんだろう。「この景色を2日間も自分ひとり占めできるなんて、贅沢やなぁ」そう思うと、顔がにやけてきてしまった。川と空がオレンジ色に染まった景色を見て思った。『ここは日本の景色と似ている。』青々とした山があり、その下には渓流がある。日本と瓜二つの展望だからこそ、ノスタルジックな感じに浸ったてしまうのかもしれない。

日本を彷彿させるムアングノイ。
日本を彷彿させるムアングノイ。

メインストリート。
メインストリート。

水シャワーを浴び、再びハンモックの中に揺られていると、この宿の女の子たち3人組がやってきた。うちのそばで椅子や手すりに腰掛け、様子を伺っている。ん?なんなんだろう?緊張しつつも、私は彼女たちと会話を始めた。しかし彼女たちは英語をあまり話せなかったので、うちは拙いラオス語と絵文字で意思疎通を試みた。彼女たちの名前はNAちゃん(13)、TALEEちゃん(8)、NAHNちゃん(6)だった。NAちゃん少しシャイな感じの女の子で、TALEEちゃんは英語を達者に話す女の子。NAHNちゃんは無口だけど、神秘的な目をしている美人さんだった。家族の紹介をしてくれたところ、この宿は二つの家族で経営されていることがわかった。一つはRE(20歳・男)、BE(15歳・男)、NA(13歳・女)、TALEE(8歳・女)、AI(6歳・男)の5兄弟の家族、そしてもう一つはPER(16歳・男)、SONPE(15歳・女)、KUM(8歳・男)、NAHN(6歳・女)がいる、4人兄弟の家族だった。彼らは親戚同士らしく、ゲストハウスの名前はTALEEちゃんの名前を取ってつけたらしかった。色々な話をしながら、NAちゃんはバンガローの手すりの木をごりごりと削っている。おいおい、それはいいのか?!TALEEちゃんはイモのようなものを一生懸命食っており、NAHNちゃんはじーっと見つめてくる。う〜、楽しいけど、会話って難しいなぁ。

日が落ちて、辺りが暗闇に包まれると、急に肌寒くなってきた。私は宿併設のレストランへ行くと、野菜カレーともち米を頼んだ。私と一緒にレストランへ付いて来たNAちゃんはうちの前の椅子に腰掛け、一冊のノートを見せてくれた。それは現在彼女が学校で勉強している英語のノートであった。まだ習い始めたばかりのようで、数字や曜日の英語が拙い文字で書かれている。私は彼女に付き添って、少し英語を教えてあげた。そんな時、料理が到着した。見てびっくりした。野菜カレーなのに中にはキャベツしか入ってない。でもって、米、多すぎ。3人前ぐらいはあるんですけどぉ・・・?案の定米をすべて食べきることができず、私はテイクアウトをお願いした。すると、女性の方は律儀にも中位の大きさのもち米入れに入れてくれた。嬉しいな。うちは米入れを右脇に大事そうにかかえて、バンガローへ戻った。

ここはドン・デットと違い、バンガローには電球が備え付けられていた。でも白熱灯ではなく蛍光灯だったので、少し味気なく思った私は、昨日ルアンバパーンで買った赤い丸いちょうちんをぶら下げて見た。なかなか雰囲気があっていいじゃないの。一人満足する。ハンモックに腰掛け、空を眺めた。でも光が邪魔で見えん。せっかくの光を消して、私は再び空を見上げた。空には満天の星が広がっており、小さな星までもぎらぎらと輝いた。耳を澄ますと、さまざまな種類の虫の音が聞こえる。でも実際聞こえているのはほんの一部の虫の音に過ぎないんだろうなぁ。そんなことを思いながら、私は豊かな自然の中でハンモックに揺られた。

うとうとしかけたころ、また女の子三人組みとSONPEさんがやってきた。TALEEちゃんはまたもや芋を食っており、私が「あなたまた食べているわね。」っと日本語で話すと、おすそ分けしてくれた。この芋はマークマントンというらしく、淡白なお味だった。んー、いまいち。先ほどに引き続き、ラオス語と日本語と英語の混じった会話レッスンが再開された。うちは絵を描き、そのラオス語を聞く。すると彼女たちは答え、逆に日本語を聞いてきた。そんな感じで繰り返され、いくつかの言葉を覚えることができた。そして、TALEEちゃんが「明日CAVEと小さな村へ遊びに行こうよ。」っと言ってきた。おお、洞窟と村があるのか。知らなかった。ということで、明日の午後連れて行ってもらうことになった。

時計の針が10時を指すころ、気温はかなり低くなっていた。寒い!雪 ベットの上に布団と毛布の二つが置かれている意味が、ようやく理解できた。宿の子供たちの暖かい歓迎に私はすっかり心うたれ、私は「ムアングノイにきてよかった。」っと心底思った。バンガローの中の蚊帳を降ろすと、泥のように眠った。
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プロフィール

名前:ひとみ
出身:大阪府
趣味:旅、曲作り。

自己紹介:
今まで訪れた国々はアメリカ、中国、インド、ペルー、ボリビア、チリ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、トルコ、エジプト、モロッコ。1ヶ月〜2ヶ月ぐらいかけて巡ってます。

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