<< 【ラオス】移動、移動、そして移動。 (ムアングノイ〜ルアンナムター) | main | 【ラオス】シン買いすぎ。 (ムアングノイ〜ルアンナムター) >>

スポンサーサイト

2009.02.24 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています


←楽しんでいただけましたら、クリックお願いします!
  • 2009.02.24 Tuesday
  • -
  • -

【ラオス】少数民族を訪ねる。 (ルアンナムター〜ムアンシン)

2005.03.13 Sunday

あぁ、酔っ払っている。昨日大移動でかなり疲れているのにも関わらず、結構お酒をのんでしまったので、なんだか気分が優れない。ここの宿はバスターミナルに近いのでとても便利なのだけれども、近いからこそ朝からかなり騒々しい。しばらくベットの中でごそごそしつつも、気分を奮い立たせ、むくむくと起き上がった。

今朝はおかゆを食べた。でも全部食べ切れなかった。だって量がどんぶり一杯ですよっ。朝からどんぶりになみなみと注がれたおかゆを食べる人はそういないのではないだろうか?

9時ごろバスターミナルに到着すると、9時半発のバスがすでにスタンバイしていた。今日もトラック改造バスだ。昨日の教訓を生かし、今日は中ほどに座ることにする。バスが出発してまもなく、前に座っていたおじさんがティッシュを包めて耳の中に突っ込んでいた。バスの音がうるさいからかな?バスは舗装された周りに民家すらない道をひたすら進んでいった。高度が上がるにつれて徐々に気温が下がり、Tシャツにウィンドブレーカーを羽織っていた私は寒さに震えた。こんなに寒くなるとは思ってもみなかった。それだけ深い山の中を走っているということなのだろうか?そして寒さと二日酔いのせいで、私はかなり参っていた。

ホテルの窓から。ルアンナムターのバスターミナル。
ホテルの窓から。ルアンナムターのバスターミナル。

「ムアンシン 10Km」という看板が見えかけたころ、黒いワンピースのような衣装に鮮やかなピンクの腰巻を巻いた人たちが道を歩いていた。ものすごくかわいい衣装だった。あっという間に過ぎ去ってしまったのではっきりと眺めることができなかったが、うちはそれだけでもかなり満足だった。ムアンシン周辺にはヤオ族、アカ族、モン族などの山岳少数民族が多く住んでおり、ムアンシンのマーケットにはそれらの人々の姿を目にすることができる。私がここに来た目的はずばりその少数民族の方たちを見るためです。中には少数民族を訪ねることがまるで「見世物小屋」のように感じ、訪れるのを嫌がる人もいるが、私はやはり少数民族の方たちが身に着けている衣装に興味があるし、自分の目で見てみたいと思う。

余談になるが、フエで自称「少数民族好き」の日本人の男の子に会ったとき、彼はこのムアンシンを訪れて大変がっかりしたという。それは少数民族の人たちが観光客慣れしており、写真を撮ろうとすると、お金を要求されたことにあった。彼はきっと「純粋無垢な」少数民族の方たちを想像していたのだろう。その話を聞いていたフクコちゃんはかなりお怒りだった。彼女は大学のときにオーストラリアのアボリジニーについて研究したのだが、彼女は少数民族の人たちの変遷について教えてくれた。少数民族の人たちはもともとお金などなく物々交換で生活を営んでいた。しかし、やがて観光客が彼らの地を訪れるようになり、お金を渡すようになると少数民族の中でも貧富の差が出てたそうだ。裕福な民族は得たお金で薬を買い、それを見た他の民族も何かのための供えとしてお金を蓄えるようになったのだという。つまり観光客が彼らの地に足を踏み入れたことで彼らはお金の価値を知り、生活自体が変化してしまったのだ。フクコちゃんはこういう背景を知っていたからこそ、彼の無知な考えに痺れを切らしていた。私もフクコちゃんほど詳しくは知らなかったが、日本人の男の子の言葉は、まるで「日本にはまだ侍がいる。」っと信じ込んでいる外国人と同レベルのものだと感じた。

1時ごろ、バスは無事ムアンシンに到着した。外はあいにくの曇り空だが、思っていたよりも気温は高く、暖かかった。近くの宿にチェックインし、少し休むとお昼ご飯を食べに近くのマーケットへ行った。マーケットの規模は小さいものだけれども、日用雑貨から食料品、衣類までそろっており、なかなか面白いところだ。ただ、生鮮食品が売っていないなぁ。私はマーケット内で人が溜まっている屋台で食事をすることにした。なにやらみなさん麺のようなものを食べている。料金を聞くと、「1000kip」と言われた。じぇ?!10円?!今までの中で、最安値だ!早速注文して見る。出てきたのはマロニーちゃんを少し太くした感じの麺だった。食べて衝撃を受けた。まっ、まずい!?!?!こんなに歯ごたえがない麺は初めてだ。そしてなんて味がないんだ。うちが箸を止めていると、隣に座っていたお姉さんがテーブルの上にある味噌のようなものを取り、少し入れてくれた。おお、ちょっとましになった。が、やっぱり基本は同じで、麺がまずい。すっぱい。お姉さんはさらに持参していたもち米を揚げたおやつをくれた。嬉しいなぁ。麺ともち米を交互に食べたおかげで、なんとか完食することができたが、いやぁ、それにしても安いけど本当にまずかった。

食後、マーケットでおやつを買い込んだ。それもこれも、以前ドン・デットで知り合った茂子さんから「少数民族の人たちを訪れるときは、おやつをたくさん持参したほうがいいよ。」っと言われたからである。少数民族の方の村がどこにあるかわからないので、早速メインストリートにあるツーリストインフォメーションに行ってみることにした。しかーし!あいにく休憩中で閉まっていた。開くのは1時間後の3時らしい。う〜ん、どうしよう。でも1時間も待ってられない。そう思った私はレンタル自転車屋で直接聞いてみることにした。レンタル自転車らしきものが数台軒下に置いてあるゲストハウスの人に聞いてみること、近くの村まで「8Km」っと言われた。大体1時間(そんなにかかるか?)らしい。ここで自転車を借りようとお願いしたら、料金10000Kip+パスポートを預けろといわれた。「それは嫌だ。」断わると「じゃぁ$50置いていけ。」っと言われた。「いや、それも嫌だ。」嫌がっている私を見て、おばさんは「そんなにパスポートを預けるのが嫌なら、向こうの5000Kipのレンタル自転車屋さんで借りたらいいじゃない!あそこはパスポートの預かりなんてないわ。」っと教えてくれた。あら。そうなの?おばさん、あなたはそれでいいのかいね!?ともかく有益な情報をありがとう。おばさんが指差したほうに歩いていくと、ありました、5000Kipのレンタル自転車屋さんが。借りた自転車はおんぼろで、形は中国の人たちが乗っている感じやつだった(わかる?)。店の人の話だと、前の道をまっすぐ走ってゆくと、8Km先にはヤオ族の村があるという。そして、やっぱり所要時間は1時間だった。そして、また反対方向を走ってゆき右に曲がるとそこには別の少数民族がいることも教えてくれた。でも今日一日で二つを見るのは無理なので、今日の朝反対方向へ行くといいだろう、っと言ってくれた。

ペタルを漕ぐたびに「ぎーぎー」っと変な音がなりつつも、自転車は快適だった。太陽が雲に隠れているので気温は比較的涼しく、周りの景色は田園風景で気持ちよい。ただ道端には大量の水牛の糞がいたるところに散らばっているので、臭い。そして時々行く手を遮るかのごとく『どーん』っと大きいのがあったりするので、避ける。道はずっと緩やかな上り坂だった。、「帰りは下りになるから楽そうだ。」そう思いながら必死になって漕いだ。

れっつごー!
れっつごー!

水牛くん(ちゃん?)たちとすれ違う。
水牛くん(ちゃん?)たちとすれ違う。

40分ぐらいたったころ、小さな村が見えた。これかな?でもまだ1時間たってないぞ。「Adima Guest House&Restaurant 600M」と書かれた眩しい看板があるけど、民族衣装を纏った人も見当たらない。「もっと先かな?」っとうちは思い、さらにその先を目指すことにした。すると、道端に子供たちが3人うろついていた。「サバディー」声をかけて通りすがろうとすると、おやつの袋に気づいた子供たちはうちの後ろを追っかけてきた。ゲッ?!しかも早い。強烈な食いつきっぷりに、恐怖を覚える。「サバディー!サバディー!サバディー!・・・・」後ろからどこまでも、果てしなく追いかけてくる。1キロぐらい走っただろうか、ようやく彼らは諦めた。それにしてもなんておやつに対する執着心が強い子達なのだろう。驚いた。

勾配の強い坂を上り、トラックに追い越される中、時計を見ると出発してから1時間が経過していた。そろそろ村に到着するのだろうか?期待を胸に自転車を押し進めていると、前方にラオスの国旗がはためく関所のようなところに到着した。なんじゃ、ここは?前にはゲートがあり、隣接する建物を見てみると、「入国」そして「出国」の窓口が二つある。ん?制服を着たお兄さんに、「私この先に行きたいんだけど。」って言うと、「だめだ。」って言われた。え〜?なんで、なんで?っと聞いたら、「この先は中国だ。」っと言われた。ここは国境なんだ!知らなかった。(後でガイドブックをちゃんと読んだら書いてあった。)うちはどうやら目的の村を超えて、中国のラオスの国境まで来てしまったらしい。ちなみにここの国境は外国人には開かれていない場所です。お兄さんに「小さなビレッジは?ビレッジ?」っと聞くと、うちが来た方向を指差した。あぁ、やっぱり来すぎてしまった。っということはさっき見た村がそうなのか?お兄さんに感謝を告げると、うちは一気に今来た道を下った。

間違ってきちゃった国境。たぶん写真はNG。
間違ってきちゃった国境。たぶん写真はNG。

5分もしないうちに、先ほど通り越した村が見えた。うちは情報収集のため看板に書かれていたレストランに行こうと思い、看板に従って自転車を走らせた。すると、右手の民家に民族衣装を纏ったおばさんが庭で何かをしていた。「そうか、ここだったか。」今度は間違いなく辿り着いたようだ。

ゲストハウス兼レストランは、周りに何もないところにあった。レストランに入ろうとすると、女の子3人組がいて、うちを近くのヤオ族の村とアカ族の村を案内してくれるということだった。おお、これはありがたい。レストランでりんごシェークを飲みながら置いてあった周辺の地図を確認した。ムアンシンを中心に、周りには多くの村があった。見てみると、違う民族なのに結構近距離で生活しているのには驚かされる。争いゴトなどないのだろうか?一人考える。

女の子に連れられるまま、私はまずアカ族の村に向かった。彼女たちヤオ族の子供たちであり、この近くの村に住んでいるということだった。年齢が12歳というムアンツォイとニンキアムちゃん二人は英語がぺらぺらで、もう一人のナイローちゃんは10歳で英語がしゃべられないけれども、三人ともとても人懐っこい笑顔でかわいらしかった。彼女たちはよくこのゲストハウスに遊びに来るらしく、時々外国人観光客を村へ案内しているとのことだった。

アカ族の村は、ゲストハウスから歩いて約5分と、とても近いところにあった。竹で作られた高床式の住居がならび、庭では織物をしているアカ族の人たちがいる。子供たちははしゃぎまわっており、うちのほうをジーっと見つめてくる。のんびり歩いていると、うちの姿を見つけたアカ族のおばちゃんが、猛スピードで走ってきた。頭にはアカ族特有のビーズなどの装飾が施された帽子を被っており、にこっと笑うと歯が黒かった。これはお歯黒なのかしら?彼女は手に銀製の腕輪を一つ持っており、うちに「ほれ、ほれっ」っと差し出してきたが、うちは買う気がなかったので断わる。家の前にアカ族のかわいらしい子供が二人がいたので、カメラを構えながら近づいていってみると、恥ずかしがって逃げていってしまった。「こういうときにおやつをあげたらいいのかしら・・・。」うちはかばんの中から、ごそごそとおやつを取りだした。すると、一緒に居たニンキアムちゃんが「彼らにおやつをあげら駄目よ。彼らはおやつ大好きなんだから。」っと言って来た。「でもたくさん持ってきたから」そういうと、私は彼らに先ほど買ったおやつだけをあげ、写真は撮らなかった。しかし、おやつの匂いを嗅ぎづけた子供たちがうちに向けて突進してきて、あっという間に囲まれた。「サバディー!!」コールが始まり、みんなは一斉に手のひらをうちの方に向けてきた。中には赤子を抱えたおばさんもいる。慌てた私は「写真を撮らせてくれたら、おやつあげる。」っと彼らにいった。すると、子供たちは静まり返り、真顔になった。ゲッ。こんな写真あまり撮りたくない・・・・。そう思いつつも、仕方がないので、一枚撮影した。撮影後、おやつをあげたが、ものすごい騒ぎになったので、私はおやつ配りを中断して逃げ出した。怖かった。

アカ族の村。
アカ族の村。

住居は高床式。
住居は高床式。

思わず逃げたおやつアタック。
思わず逃げたおやつアタック。

彼女たちが次に案内してくれたのは、ヤオ族の村だった。先ほどのアカ族から徒歩5分のところにあり、彼女たちはここに住んでいるという。それにしても、二つの異なった民族が、こんなに近距離に住んでいることには驚いた。「アカ族の村とこんなに近いが、争いゴトとか起こらないの?」彼女たちに聞いてみたが、争いゴトなど一切ないという。へ〜。

村に入ると、まず学校があり、さらに先を進むと右手でおじさんが水浴びをしていた。顔を含め、全身泡だらけだったので、思わず笑う。ヤオ族の方の特徴はなんといってもその美しい衣装にある。黒地に赤い襟巻きがついた民族衣装を身に纏い、頭にはクロスステッチをあしらったターバンのようなものを巻いている。その姿は実に美しく、すれ違うときについつい見とれてしまう。歩いていると、一人のおばあちゃんがビニール袋から民芸品を取り出し、うちに売りつけてきた。うちは小さなキーホルダーのようなものを購入すると、おばあちゃんの写真を撮らせていただいた。とても素敵な笑顔だった。ここ村を歩いていて思ったのが、黒豚がやたら多いこと。至る所で親豚が子豚を引き連れ、歩いている。この民族は鶏よりも、豚を好むのであろうか?道にはその影響か、糞もたくさん転がっていた。

とても素敵な笑顔のおばあちゃん。
とても素敵な笑顔のおばあちゃん。

ヤオ族の村の雰囲気。
ヤオ族の村の雰囲気。

さらに村の奥へ進むと、女の人たちが輪になって刺繍をしていた。写真の撮影をお願いするが、「何か買わないと駄目」っと言われてしまった。『やっぱりそうよね・・・。』ここでは特に買いたいものがなかったので、写真撮影は諦めることにした。来た道を帰りながら、私は持参してきたおやつをヤオ族の子供たちに配った。先ほどのアカ族の子供たちとは違い、控えめな笑顔で受け取ってくれる。そして、先ほど民芸品を購入したおばあさんもうちのおやつの袋に指をつんつんと押し当て、「ほしい」の仕草をしてきた。笑いつつも、喜んであげる。みんなにおやつを配る自分は、まるでサンタのようだった。

子供たちは働き者だった。
子供たちは働き者だった。

赤ちゃんのお守りしている子も。
赤ちゃんのお守りしている子も。

ゲストハウスに戻ってきて、私は三人の女の子に感謝を告げた。すると、彼女たちはずっと手にぶら下げていたキーホルダーのようなものを差し出し、「買って頂戴。」っと言ってきた。「さっき買ったのになぁ。」そう思いつつも、彼女たちには感謝しているし、キーホルダーもなかなかかわいかったので、二人の女の子から買うことにした。私は余ったお菓子を彼女たちにプレゼントすると、来た道をのそのそと自転車で帰った。今日の夕日は雲に隠れていたが、なかなかいい風景だった。

案内してくれた女の子たち。
案内してくれた女の子たち。

寺院の前を通ると、お坊さんがサッカーをやっていた。え?お坊さんもサッカーするの?!どんどんお坊さんに対するイメージが崩れる今日この頃。

夜、ものすごい量の雨が降った。これがスコールというものなのかなぁ?それはもう滝のような雨で、雨音がぽつぽつではなく、ばちばちと鳴り響いていた。空はぴかーっと光り、雷がごろごろと鳴り響いている。しばらくすると、停電になった。そして私はお風呂に入っていた。なんでいつも停電になるときはお風呂に入っているのだろう?それが私の運命か?がっかりしつつも、暗闇の中手探り状態でシャンプーをする。ドン・デットで体験したときは、自分がお風呂に入っていた界隈だけでの停電だったので、まだ窓から月明かりやレストランからもれた光を感じることができたのだが、今回は村全体が停電になったようで、本当に真っ暗だった。5分後、電力が回復した。よかった、よかった。それにしてもびっくりしたなぁ。
JUGEMテーマ:ラオス



←楽しんでいただけましたら、クリックお願いします!

スポンサーサイト

2009.02.24 Tuesday


←楽しんでいただけましたら、クリックお願いします!
  • 2009.02.24 Tuesday
  • -
  • -
コメント
コメントする









プロフィール

名前:ひとみ
出身:大阪府
趣味:旅、曲作り。

自己紹介:
今まで訪れた国々はアメリカ、中国、インド、ペルー、ボリビア、チリ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、トルコ、エジプト、モロッコ。1ヶ月〜2ヶ月ぐらいかけて巡ってます。

カレンダー(旅した日)

【2005年1月】

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

【2005年2月】

  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728     

【2005年3月】

  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
最新記事
コメント一覧
  • 【ラオス】値段交渉は難しい (チャンパサック〜ドン・デット)
    Heidi (04/02)
過去の記事
国別カテゴリー
リンク
サイト内検索
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM