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2009.02.24 Tuesday

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【カンボジア】アンコールワット遺跡群、小回りコースでへとへとの巻 (シェムリアップ)

2005.01.31 Monday

昨日は早起きしたので、今日は朝寝坊した。9時ごろに起床し、軽く朝食を食べて今日は自転車に乗ってアンコール・トム遺跡周辺をママチャリで回ることにする。日焼け止めをこれとなく塗り、虫除けスプレーもつけてばっちり、京子ちゃんと一緒に遺跡へ向かった。

前を行く京子ちゃんが、自転車を漕ぎながらが言った。「ね〜、この自転車後ろのタイヤパンクしてない?ものすごく力がいるんだけど・・・。」よく見ると彼女の後輪はぺったんこで、空気がないかパンクしているかわからないけど、明らかに重そうに漕いでいた。「も〜!ちゃんと確かめればよかった・・・」後悔しながらも彼女はがんばって自転車を前に前に走らせていた。

はじめに見始めたのはアンコール・トム遺跡のメインともいえるバイヨンという遺跡。でっかい仏の顔が問うの四面にあって、見てて本当に面白い。レリーフも変わったものがたくさんあり、戦闘シーンとか庶民の生活のシーン、なかには出産のシーンやトラに食べられている人のレリーフとかもあったりして発見しては「本当だ〜!」っと二人で笑っていた。

遺跡へ繋がるゲート前にあった蛇。
遺跡へ繋がるゲート前にあった蛇。

バイヨンの手前にあるゲート。
バイヨンの手前にあるゲート。

お昼にはお弁当に作ってもらったすこし油っぽい「卵チャーハン」を食べ、太陽が激しく照りつける中引き続き遺跡をめぐった。それにしても本当に疲れる。そしてなぜだか無性に眠い。2キロの距離がなんだかとても遠く感じられる。自転車で回るのもいいけれども、この暑さには本当にやられるし、このママチャリの椅子が少し後ろに下がり気味のせいかお尻の骨が当たって痛い。隣をトゥクトゥクで駆け抜ける観光者を羨望の目で見つめ、途中京子ちゃんは「もうこの自転車パンクしていてやだぁ〜。」っという声に何度か笑いつつ、二人ひたすら自転車を漕いで遺跡をめぐった。

ちょっと話はそれるけど、遺跡の入り口付近には時折カンボジア伝統楽器を奏でている人たちがいたりする。彼らは「地雷」の被害者であり、片腕や両足などを失いつつもこうして、遺跡の前で演奏し、観光者にCDを販売したりしているのだ。それだけでなく、松葉杖をついた物乞いする子供たちを、何度となく眼にした。「地雷の被害にあっている人たちがこんなにもいるなんて・・・。」うまく表現をすることができないけれども、この現状をみて、ひどく心が痛んだ。

タケオという遺跡、そして大木が寺院に覆いかぶされる形で成長し続けるタプロームという遺跡を見学したあと、二人はスラ・スランというところで自転車を止めた。お決まりのようにももの売りの子達が寄って来て、巧みに日本語を話しながら近づいてくる。しつこく話してくる女の子に試しに「何歳ですか?」っと聞いてい見るとなんと「25歳」って言われた。思わず「え〜!!」って大声を上げてしまった。彼女の体つきと顔はとても幼く、どう見ても15歳にしか見えない。写真を撮れなかったのがとても残念。しかも自慢そうに左手についたルビー(?)の指輪を見せ、「I'm married」なんて言ってくる。これまた「え〜!!」っと大声をあげ、さらに彼女は「I have a child」といってきて自分の子供といって店の中から子供を呼んでいた。子供は5歳らしい。「ということは20歳のときの子供か・・・。」っと一人ありえなくもないなぁと考えてしまった。京子ちゃんと話していた別の売り子さんは「She's lying」って言っていたが、真相はどうなのでしょうね。

遺跡に絡まる木。
遺跡に絡まる木。

とっても楽しいタプローム遺跡。
とっても楽しいタプローム遺跡。

石がごろごろ
石がごろごろ。

今日もサンセットを見るぞ!っということで、今回はアンコール・ワットではなく、サンセットポイント人気ナンバーワンのプノン・バケンへ行くことにする。途中どでかい豚を二匹荷台にくくり付けていたバイクとすれ違い「え〜?!!!!」っと驚きつつも、プノン・バケンの入り口に着くと、多くの観光客で賑わっていた。ここから日没ポイントまでは急な斜面を登らなければならず、まるで蟻の大群のような人たちがぞろぞろとがけを這い上がっていた。ここの入り口付近には象に乗って上まであがることができる「象乗り場」があり、日本人観光客の人たちは象乗り場で待機したりしていた。(上りは$15)

砂埃にまみれながら斜面を登りきり、遺跡の上に登るとこれまた多くの人たちが日没を今か今かと待ち望んでいた。私も席を確保し、スタンバイしている間のんびりと景色を楽しんだり他の観光客の行動を見たりしていたんだけど、中でも韓国人の兄ちゃんの行動がめちゃめちゃわらけた。彼のカメラのレンズは常に美人西洋人に向けられており、デジカメで撮影した写真を確認してはにやにやしていた。隣にいた日本人のにーちゃんも「おい、あいつさっきから女の人の写真ばっかとっているぞ。」っと一際眼を引くほど彼の行動はおかしかった。

さておき、日は傾き始め、太陽は真っ赤に染まってきた。空が赤くなり、地平にゆっくりと沈んでいくことを期待したが、今回も前回同様に地平の手前にある雲の中に夕日はすっぽりと消えてしまった。みんな「あぁ〜。」っとため息をつきながら帰路についていた。

厚い雲の層に消えた夕日。

夜は宿から近くにある「バンティアイ・スレイ」というレストランへ行った。当初はガイドブックが薦める「TAIZO SET」というのを目的に言ったんだけど、店員の説明があまりわからず、結局は店員さんお薦めの魚料理をすることにする。魚の形をした炭焼きの鉄の鍋には油で揚げられた30センチほどある魚(何かは不明)のっていて、その上にはココナッツ風味のソースと野菜がトッピングされていた。味は思ったよりもさっぱりしていて、おいしかった。

明日は朝日を見るために早起きをしなければならないので、早めに就寝。それにしても日記が追いつかないなくって、本当に大変。その日のうちにその日の日記を書くのが一番理想的なんだろうけど、絶対に無理。。。。
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【カンボジア】アンコールワット遺跡群、大回りコースでこれまたへとへとの巻 (シェムリアップ)

2005.02.01 Tuesday

今朝は朝日をみるぞ!!っと意気込み5時に起床、5時半に宿を出発した。暗闇の中、懐中電灯を照らしながら道を進むのは少し怖かった・・・。京子ちゃんは昨日のパンク自転車とは大違いで、自転車快適にびゅんびゅんと飛ばしていた。でもその後、自転車の振動で懐中電灯が壊れてしまったようで、少しショックを受けていた。短い命だったみたい。。。

入管の人たちのチケットチェックを受け、日の出スポットにいっているとすでに多くの人たちが待ち構えていた。私たちも参道の門をくぐってすぐ右手の遺跡のところに行き、そこに腰掛けた。ビスケットを二人ほおばりながら日の出を待ってみるが、なんだか空が雲に包まれていようで、どんよりしている。そろそろ明るくなってきてもいい時間帯なのに、まったくその気配はない。しばらくすると隣のガイドと外人のおじさんが立ち上がり、そそくさとその場から立ち去ってしまった。ガイドさんの判断でどうやら今日はあきらめたらしい。私たちは「もしかして?!」の期待を胸に待ったけど、結局6時40分になっても空は明るくなることなかった。せっかく朝早くおきたのに、ほんとに残念だった・・・。

朝日が見えなかったー。
朝日が見えなかったー。

それからアンコールワットをじっくり観光した。以前トレビアでも紹介されていた「侍の落書き」を見たり、女体をみたりと、まぁまったり二人で見てましたね。ちょっと変な話になるけど、人に触りやすい位置にある女体の彫刻の胸の部分はどこも黒ずんでいるんですよね。インドの寺院を訪れたときもそうだったけど、なんだかお決まりのようにみんな触るんですよ(笑)ここも同じような感じで、胸の部分が黒ずんでいる女体が数体あった。立派なからだをされているので、触りたい気持ちも無理ないんだけど・・・・。

女体の彫刻。
女体の彫刻。

一歩が大きい〜。
一歩が大きい〜。

それから二人で今回は大回りコースを回ることにした。プリア・カン遺跡を見た後、お腹が空いていたのでパイナップルを購入した。これがまたパイナップルまるごと売られていて、とても一人では食べきれないので、京子ちゃんと半分こした。京子ちゃんはモンキーバナナのような小さなバナナを5個購入していたけど、一口食べて「変わった味・・・。」っと一言漏らし、あまりおいしくなさそにバナナを食べていた。笹にくるまれていたものがフルーツと並んでおいてあり、京子ちゃんが「これなに?」と店の人に聞くと笹を開き、四角く切った塊を一つ「味見していいよ〜。」ってな感じで差し出してくれたのですこしかじってみる。甘い!!!!砂糖の塊ではないか。なんでこんなものが売られているのかなぞだが、カンボジアの人たちは砂糖を固まりでおやつ代わりに食べているのかしら?どこでもこの笹の包みものは売られていたしなぁ・・・。パイナップルを食している私たちに、店のおばちゃんはさらに緑色したフルーツを少しおすそわけしてくれた。「Sweet, Sweet」と言うもんで、半信半疑に食べてみたが、渋いっ!!おばちゃんに尋ねたところ、これは「スワイ・ツゥワイ」というフルーツなんだけけど、味がなく、正直いまいちだった。後でわかったのだけど、これはマンゴーの種類の一つらしく、すっぱいのと甘いのがあるみたい。とてもやさしいおばさんで、お礼をいい、写真もとらせていただいた。

砂糖の塊販売中〜。
砂糖の塊販売中〜。

遺跡探索中。
遺跡探索中。

お尻の骨(?)痛みと格闘しながらも、自転車をのんびりと走らせながら遺跡を堪能し、最後のほうはどれも同じような遺跡に見えつつも、2時ごろシェムリアップまで帰ってきた。朝の5時から自転をかっとばし、今日一日で30キロ以上走ったのでこれまた本当に疲れた。二日続けての自転車は結構しんどいので、一日はトゥクトゥク借りて回るのがいいかもしれない・・・なんて終わった後すごく思った。お昼はその辺にあるレストランで野菜&肉チャーハン食べたけど、ものすごく汚い店で、ハエと常に格闘しながらの食事だった。味はなかなかよかったんだけど、なんでこんなに店内が汚いのかしら?なんてこれまた余計なことを思った。自宅兼レストランなので、「店内美化」という概念がないのかしら?そこら辺にティッシュが散乱しているし、ハエもいたるところで羽を休めている。う〜、南米のウユニの屋台もハエが凄かったけど、ここもそれに匹敵するぐらいのハエの量だった。

水シャワーを浴びて昼寝をしたのち、夜は再びクメールキッチンに行って食事をした。やっぱりここは本当においしいよね。今晩も混んでいて、満席だった。

明日は今日の疲れを癒すぞ〜!
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【カンボジア】疲れを癒す一日 (シェムリアップ)

2005.02.02 Wednesday

熟睡。もう疲れきっていて朝までぐっすり眠った。京子ちゃんは昨夜蚊と2時間近く激闘したおかげで、なかなか眠れなかったらしい。おまけに目の上を刺されたみたいで、ちょっと腫れていた。ちなみに私は大丈夫。

朝は宿を向かいにある屋台で朝食をとることにする。女の子はパンを網の上で焼き、その間にハムやきゅうりなどのさまざまな具をのせてるみたい。パンが焼けるのを待っている間、屋台の女の子が練ったサツマイモを焼いたお菓子をおすそわけしてくれた。これがとてもおいしい!近くの店に一枚100リエルで売っているというので、あとで買おう心に誓う。しかもこの子、かなりの美人さんだった。今度あったら写真とってもいいかとお願いしちゃおうっと。まだパンが焼ける気配がなかったので、うちが近くにあった椅子に腰掛けたときそれは起こった!座った衝動でその後ろにあったテーブルがひっくり返り、その上にあったものを見事にすべて地面に落としてしまった。「あぁ!!そーり、そーり!」っと言いながら周りにいた人たちも土まみれになったをものを拾うのを手伝ってくれた。女の子は笑って許してくれたけど、本当に申し訳なかったなぁ・・・・。

美人さん。
美人さん。

京子ちゃんが用事でどっかいっている間、タケオゲストハウスでのんびりしていると一人の日本人お姉さんに出会う。明日トゥクトゥクに乗ってアンコールワット遺跡を見学しようと思っているけど、一緒にシェアできる人を募集しているという。ここタケオゲストハウスでは、入り口のすぐ右のところに掲示板のようなところがあり、一緒にトゥクトゥクをシェアしたい人を募集したり、郊外の遺跡をめぐる人数を集めたりすることができる。これはタケオゲストハウス利用者のみならず、周辺のゲストハウスの人も張り紙をすることができるので、近くのゲストハウスに部屋を借りている人も自然とタケオゲストハウスに集まってくるのです。

そして話を聞いていたところ、明日「コーケー遺跡ツアー」の張り紙が出されていて、定員8人中すでに7名が名乗りをあげているらしいのです。以前、密林の中にひっそりとたたずむコーケーの遺跡の写真を見て「行ってみたいなぁ。」っと思っていたけど値段がえらい高かったので、なかばあきらめていたのですね。その話を聞いて「これは参加しないと!!」っと思い、早速申し込み用紙に記入し、急遽明日ツアーに参加することになりました。出発の時刻を見てみるとこれまた「5時半」ですって・・・!一日おきに朝5時起きを繰り返していますわ、ははは。さらにその女の人と話していると、彼女は現在タケオゲストハウスの隣にある「ブン・ナス ゲストハウス」に滞在中であり、現在一人部屋だという。明日同室の京子ちゃんがプノンペンへ旅立って言ってしまうので、うちはすかさず「よかったら部屋をシェアしませんか?」っと声をかけたところ、「オッケー!」との返事が!!ということでさらに話し合った結果、明日はブンナスへ移動することになりました。

お昼は京子ちゃん、そして明日から一緒にルームシェアすることになったカヨコさんとこれまたクメールキッチンへ行き、食後はオールドマーケットにてぶらぶらすることにした。ブッタの置物、アクセサリー、シャツ、かばんなどあらゆる土産物屋が連ねており、通り過ぎるたびに「お姉さん、これかわいいね〜。」と日本語で話しかけてくる。3色の石が入ったペンダントトップの値段を、試しにおばさんに聞いてみると、そのペンダントトップを秤に乗せ、「$20」と行って来た。何をいっとるのじゃ、っと思わず突っ込んでしまった。重さによって値段が変わってくるらしいが、この秤が普通におかし作りの際、砂糖とか小麦粉を量るための簡易なもので、とてもアバウトではないですか。話して「まぁええわ」と思い、その場から離れるとおばさんは「おねえーさん、おねーさん、ちょっとまって」は名残惜しそうに声を上げていた。

さらに奥に進むと、薄暗い店内の中には野菜や果物、そして甘味をや販売している人たちでごったがえしていた。それにしてもそこにいたハエの量ったら本当にすごい。はちみつ色のソースがバケツ一杯入った中をのぞいてみると、ハエ数匹埋まってた。(うぅ・・・。)鼻につく匂いが時折し、フルーツも傷が多くあまり買おうという気が起こらない。値段もそこそこ高い。マーケットは安さが売りといっても過言ではないのに、ここはやけに高い気がする。やっぱりここは観光地向けの市場なので、少し割高なのかしら?

マーケットの様子。お姉さん悩ましげ。
マーケットの様子。お姉さん悩ましげ。

お土産屋で二胡のような楽器を試奏したり、Tシャツを合わせたりしたが結局何も買わず、そのままみんな宿に戻ることにした。ANGORビールのロゴが入った紫色のTシャツが気に入ったけど、これはまた次回訪れたときに購入を検討するとしましょう。

夜はこれまた3人で影絵を見るために「バイヨン機廛譽好肇薀鵑惻転車に乗っていった。ここシェムリアップに到着してからはや6日目。はじめはバイク・バス・車・自転車がごった返す道を自転車で走るのがすごく緊張したが、最近はだいぶ慣れてきて左折もなかなかタイミングよく曲がれるようになった(ここはカンボジアは右側通行)。左手を垂直に横にあげ、後ろの車に合図をし、対向車線の流れた途切れたところですかさずゴー。日本ではあまり手信号を使わないだけに、なんだかとても新鮮な気持ちがしたりする。

レストランではおきまりのビール、車えびとバジル炒め、アモックフィッシュを注文した。この車えびとバジルを炒めを注文したとき、車えびという意味の「Sprawn」という単語の意味がわからず、タイガーウッズ似のウエイターに聞いてみるとお兄さんは動揺し、照れながらえびの動きを真似してくれた。すごくいい人兄ちゃんだった。影絵スタートの7時半前にすべての食事を終えてしまい、ビールを飲みながら影絵を鑑賞した。人、ブッタ、牛、鹿、などのあらゆる影絵が登場し、カンボジアの民族楽器の音色に合わせて影絵は踊りったり、クメール語で話したりしていた。動きを見るのはなかなか楽しかったのだけどなんせクメール語なので、何を言っているのかさっぱりわからない。自分で話を想像しながら見ていたのだが、登場人物であろう二人が普通に話していると思ったらいきなりそれぞれの買い牛に喧嘩させたり、二人で殴り合いのけんかをしていると思ったら一緒に仲良く踊りだしたり、ととても奇想天外な話だった。この影絵の舞台裏を見ることもできるのだが、影絵を操作していたのは15歳前後の子供たちだったので、その様子はちょっとした学芸会のようだった。私たちが座っていたテーブルの後ろの席にはツアーの日本人団体客がいたけれども、上映中は影絵にあまり興味を示さずお互いの話に夢中だったけど、終わったあと拍手喝采でおっちゃんに限っては「よっ!!」っと声を上げていた。さすが日本人だな、っと思ってしまった

ちょっと豪華な夕食。
ちょっと豪華な夕食。

影絵。
正面からみた影絵の様子。

まるで学芸会。
裏はまるで学芸会。丸見え。

食後はその近くにあるレストランで、デザートにお目当てのパンプキンプリンを食べることにする。どうもここカンボジアではパンプキンプリンが「カンボジア名物」であるらしい。ココナッツミルクの中に入ったパンプキンプリンはとてもやわらかく、なめらかで甘さ控えめでだった。ここのレストランではジャスミン茶のサービスがあり、かぼちゃプリンを食べながら飲んだジャスミン茶はまるでオアシスのように感じられた。かぼちゃ4分の1を使ったプリンを食べてみなさん満腹中枢が100%になってしまい、「くっ、苦しい・・・。」っとみんな満足しながらも少し苦しそうに帰路についた。
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【カンボジア】密林に潜むコーケー遺跡へ・・・今日は厄日?! (シェムリアップ)

2005.02.03 Thursday

起床4時50分・・・。今日は朝早くからコーケーへ行くだけでなく、部屋を移らなければならないので、荷詰めもしなければならない。思えばシェムリアップにはもう1週間ぐらいいるのにかかわらず、その間4回も部屋とチェンジしている。到着した宿→タケオ(シングルルーム)→タケオ(ツインルーム)→そして今日はブンナス(ツインルーム)である。引越しをよくする私だけれども、旅行中もこんなに宿を移動しているとなると、「私はたくさん引越しする運命なのね」と思うしかありませんね。

今日まで同室だった京子ちゃんとお別れをし、5時27分ぐらいに下へいってみるとすでにみんなが集まっていた。みんなきっかり時間に集合していたので、びっくりしてしまった。(大抵少し遅れる人がいると思うのは私だけ?)まだ太陽が顔を出す前の暗闇の中、車は8人を乗せてコーケーへ出発した。

空がまだ明るくなっていないのにもかかわらず、ヘッドライトを照らしながら、多くの車やバイクの走っていた。マーケットにはすでに多くの人たちで賑わっており、活気で溢れている。カンボジアの朝は早い!

30分ほど走って、夜が少し明けてきたころ、バスは一軒の店に到着した。ここでお弁当をこしらえてもらうということでみんなバンから飛び出し、8人がけのテーブルに腰掛けた。うちはまだ眠気なまこだったためコーヒーミルクを頼み、ついでに200リエルのミニフランスパンを一つ購入した。ちなみにこっちのコーヒーミルクはに「コーヒーとミルク」を混ぜたドリンクではなく、「コーヒーとコンデンスミルク」を混ぜた飲み物を意味するんですよ。初めて出てきたときはちょっとびっくりしましたけど、今はだいぶ慣れてきたかな?コップの底のほう溜まっているコンデンスミルクをスプーンで混ぜて、ほのかに暖かい味気のないパンと一緒に食べた朝食はなかなかおいしかった。

弁当の準備もオッケー、空がすっかり明るくなった中、バスは再び出発した。空の様子を眺めてみたが、今日も昨日のように少し雲がかかっていて、朝日が見えにくそう・・・。「今日朝日見に行った人たちはがっかりしているだろうなぁ・・・。」そんなことを思う中、道はいつの間にか赤土の道路になっていた。道の両隣には木造やコンクリートの民家が連なっているのだが、どの家も赤土の砂埃を上から浴びていて屋根が異常に赤い。家だけならまだしも、道沿いに生えている木も赤土の砂を浴びていて真っ赤である。速度を上げた車が通るたびに赤土の砂埃はもくもくと巻き上がり、民家・人・木々を覆い隠すのです。それはそこに住む人たちの定めなのかもしれないのだけれども、なんだか気の毒でしかたがなかった。

車はこの先の通行権を払うため、白いブースのような前で停車した。話を聞いたところ、これから先の道は個人の人が整備した道であり、その人たちが通行する車からお金をとっているという。「カンボジアではよくあることなんだよ」と隣に座っていたおじさんが教えてくれたけど、日本でもそんなところがあるのだろうか?なんだか不思議に思ってしまった。

整備された道はおもったよりも快適だった。アスファルトで舗装されているわけではないのだけれども、両端のぼこぼことえぐられた溝を見て「当初はこんなにひどかったのか・・・」っと思ってしまった。まだ整備中のところも一部残っているが、この道が整備されたおかげで、コーケー遺跡へ行く所要時間が大幅に短くなったと思うと、感謝、感謝ですね。

ベン・メリア、コーケー遺跡のチケットを購入するため、車はチケットブース前で再び車を停車させた。私は以前ベン・メリアに行ったので「今回はコーケーだけでいいや。」と思い、ドライバーさんに「コーケー」っと言いながらお金を渡した。お金を集め、チケットを購入しようとするドライバーさんに、後ろに座っていたお姉さんが「トイレに行ってもいいですか〜?」と聞いていた。ドライバーさんに「この先に村があるから、待て、待て。」といわれ、ドライバーさんは全員分のチケットを購入したのち車を走らせた。

車がすぐに停車するかと思いきや、もうすでに30分以上も車を走らせている。どうやらこのドライバーはすっかりトイレのことを忘れているらしかった。後ろのお姉さんはたまらず「トイレに行きたいから止めて〜!」っというと、ドライバーはかなり渋っていたがお姉さんの説得で漸く車を止めた。道のど真ん中で停車したため、もちろんトイレなんぞない。それでも数人はバンから出てきて、それぞれ道路の端にある茂みに散らばった。私もその一人(ふふふ)。バンに戻ってみると、ドライバーさんがみんなに入場チケットを配布していてた。しかし、どうも一人の女の子のおつりが戻ってきていないらしい。そんな話をしている中、ドライバーはうちにベン・メリア、コーケー遺跡のチケットをくれた。「あれ?私はコーケーしか行かないって言いましたけど?」ドライバー「君だったか!彼女の分のおつりが足りないんだよ。」私「・・・。このチケット返せないんですか?」ドライバー「無理、無理。」私「・・・・。」ドライバー「・・・・。」まぁもう一度行ってもいいとは思っていたし、私がはっきり示してなかったのも理由の一つと思ったので、まぁ払うことにした。私「・・・私もう一度行ってもいいですよ・・・。」ドライバー「じゃぁ5ドル彼女に渡してくれ」本当にこのドライバーさんどこまでもいい加減ね・・・。っと心の中で思いながらかばんの中のお財布を探っていると・・・・。なっ、ない!!!!ない、ないない!お財布がない!血の気が引いた。さっきのお店では必ずあったのにどうして・・・!!あわてる私を見て、みんなが「落ち着いて、落ち着いて」と声をかけてくれた。後ろのお姉さんが「今行ったところを見てきたらどうかな?」っと言ってくれたので、私はかばんを車内に置き、先ほどの茂みスポットへとダッシュした。「あぁ、お金はそんなに入ってないけど、カードが・・。まぁ再発行できるけど・・・あぁ・・・!」など思いながらそこへ行ってみると・・・あったのぉ!!砂にまみれて横たわるお財布が。茶色の財布を拾い上げ、砂を掃ってバンに戻った。「ありましたぁ〜〜!ご迷惑おかけしました〜〜!」大声でみなさんにあやまった。「見つかってよかったねぇ、ここでチケット代払うことがなかったら気づかなかっただろうに!5ドルで済んでよかったよ〜!!」と後ろのお姉さんが言ってくれた。本当にあのときドライバーにお金払えと要求されなかったら、絶対に気づかなかったと思うと・・・ドライバーさんありがとう!

後ろのお姉さんのチェキ写真集(このお姉さん、なんとカメラではなく、チェキを持参してきている。フィルムはなんと1200枚(!)と荷物の半分だって。ひえ!!)を眺めていること数分、車ははじめの遺跡スポットに止まった。「コーケー遺跡」といっても「遺跡群」であり、周辺に何十との遺跡が点在しているのです。カンボジア発の日本語のフリーペーパー「Angkor Explorers」によると、実はここ、コーケーはイーシャナバルマン2世の死を気に、王を剥奪したジャヤバルマン4世が新しい都城の建設をした場所なのです。すでに王都として整備されたアンコールではなく、なぜこんな辺鄙なところに都を設けたか・・・それは何もない土地に都を築くことにより、その力を民衆に示そうとしたのではないかと考えられています。しかし、シャヤバルマン4世の死を期にその息子であるハルシャバルマン2世が王位につくと、さまざまな争いを経てアンコールへ再び遷都されたため、コーケーは以後密林の中でひっそりと眠ることとなったのです。コーケーが首都であった期間は、シャヤバルマン4世が王位についていた928年〜944年わずか24年間。とても短い間だったのです。

コーケー遺跡群の1つ。
コーケー遺跡群の1つ。

周りは枯れ木ばかり。
周りは枯れ木ばかり。

遺跡をめぐるっていると、時折髑髏マークのついた赤い看板が目に付く。絵の下には「DANGER!MINES!」の文字が書かれてあり、この周辺にはまだ地雷の危険性があることを示している。そう、この地方はまだ地雷の危険性が未だある地域であるため、うかつにいろいろなところへ足を踏み入れるのは大変危険なのです。少しどきどきしながらの遺跡めぐりなのですね・・・・。

地雷に注意!
危険!地雷!

10時を過ぎたころ、一向はコーケー遺跡の最大の見所である7層のピラミッに到着した。遺跡管理人の後ろに続いて、ほとんど手のつけられていない、緑が茂る参道を通ってゆく。レリーフもところどころ見受けられるが、状態はあまりよくない。さらに進むと視界が開け、目の前は7層のピラミッドが聳え立っていた。思っていたよりも強大だったので、その大きさに圧倒されてしまった。下から上まで約35mだという。整備されたこれまた急な階段を一歩一歩上ってゆく。途中下の様子をみて思わず「ひ〜っ。」っと声を上げてしまった。上られるときは、あまり下は見ないほうがいいと思います。

密林に潜んでいます。
密林に潜んでいます。

七層のピラミッド
七層のピラミッド

上からの眺めはすばらしかった。乾季であるため森が青々と茂っていなかったのは残念だったけれども、すぐ近くにあるコーケー村の民家がぽつぽつと見え、はるか遠くの地平まで見渡すことができた。ここで一向はお弁当を取ることになった。それにしてもまだ朝の10時過ぎである。「えっ?もう食べるの?」っと思いながら半ば無理やりご飯を流し込む。食事中、でっかいかなぶんのような虫が行ったりきたりしていて、今にもぶつかりそうで恐ろしかった。

頂上はこんな感じ。
頂上はこんな感じ

上からの景色。本当に周りに何もない。
上からの景色。本当に周りに何もない

下る様子。登るときより断然怖い〜。
下る様子。登るときより断然怖い〜。


その後もコーケー遺跡をいくつか回った。車が少し走ると遺跡があり、そのたび下りて見て、乗っては降りて・・・その繰り返して思ったよりも疲れた遺跡めぐりだった。コーケー遺跡を思いっきり堪能した私たちは、本日のもう一つの遺跡であるベン・メリアへ移動した。ベン・メリア遺跡へ続く道を歩く中、私はなんとまたあほなことをする。カメラを取り出す拍子にお財布を落っことしたらしく、後ろ歩いていたお兄さんが「お財布落ちたよ・・。」っと教えてくれた。げ!!なんで一日に2度も落とすの!?共にセーフだったけど、正直これにはまたへこんだ。

リンガが色んなところで見られた。
リンガが色んなところで見られた

前回と違い、今回はベン・メリアを管理している人たちが案内してくれた。制服をきた遺跡管理人の人たちをどの遺跡スポットでも見受けることができるが、大抵みなさん大勢集まって日陰でのんびりと休んでいるので、「この人たちこれでいいのか?」といつも思っていたので、今回のように案内してくれると、とてもありがたい。前回見落としていた部分をじっくりと見ることができた。そして今回は地元の子供たち4人も一緒だった。眼をくりくりとした子供たちは元気いっぱいで、遺跡にぴょんぴょん飛びのっては遊びまわっていた。遺跡が遊び場なんて、贅沢やのぉ!そんな子供たちにチェキの姉さんは一人ひとりに写真をプレゼントしていた。もうすばらしい!!!って思ってしまった。子供たちは大事そうに写真を持ち、会った人に自分たちの持っている写真を自慢げに見せていた。

元気いっぱいの子供たち。
元気いっぱいの子供たち

帰り道に撮影した町並み
帰り道に撮影した町並み

遺跡から帰って来たら、時計の針は16時を過ぎていた。一日バンの貸切は$120だったので、一人当たり$15という安さでコーケーへ行くことができた。うちは隣の宿に移るため、タケオのオーナーであるモウさんに預けていたザックを受け取り、貴重品ボックスから貴重品を取り出して隣の宿へ移った。ブン・ナスゲストハウスの部屋はとても綺麗だった。早速この旅初めてのホットシャワーを浴び、部屋で荷物の整理していると・・・あれ・・・あれ・・・・なーーーーーーい!パスポートを入れている袋がなーーーーい!頭真っ白、目はちかちか。貴重品ボックスから取り出したときは間違いなくかばんの中に入れたと思ったのに、ないのです。大慌てでタケオゲストハウスにダッシュすると、ロビーでくつろいでいたモグモグ(バンコクで一緒にカンボジアビザを取りに行った人)がいた。私はすかさず「お久しぶりです。いついらしたんですか?」とご挨拶。するとモグモグさん「おとといかなぁ?それにしても何か落し物してない?・・・パスポートとか。」っと言ってきた。私「落とした!!」モグモグさん「やっぱり・・・モウさんが預かっているよ。」急いでモウさんのところに駆けつけた。「私のパスポート預かってくれているみたいで・・・。」モウさん「あれ?なんのことかしら?!」っととぼけながらも無事預かってくれていたようで、ポッケからパスポートの入った取り出し、渡してくれた。モウさんの話によると、使用人の女の子が発見し、モウさんに手渡してくれたみたいなのです。その女の子の手を握り「本当にありがとう!!」頭を何度も下げた。

この出来事を同室のカヨコさんに話したら、「3回も落として3回とも無事なんて、それは厄日じゃないよ、ラッキーな日だよ!!」って言ってくれた。言われてみれば確かにそうかもしれないんだけど、こんな記録初めてなもんで、ほんまにへこんだわぁ。3回も落として3回も無事だったなんて、きっと私の守護神が守ってくれたに違いない。(守護神を信じているワノヲトさん)

夜はカヨコさんとブン・ナスのレストランで食事をした。カヨコさんはトゥクトゥクをシェアする子が見つかったみたいで、明日は小回りコースを回ることにしたらしい。料理を注文するとお替り自由のジャスミン茶が出てきて、なんだか嬉しかった。ご飯もとってもおいしかったしね!はぁ、今日はなんだか色々あった一日で疲れた。もうこんな日はいいわぁ。。。今後絶対に貴重品には気をつけることを心に誓ったのでした。しょんぼり
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【カンボジア】サウナに入る。 (シェムリアップ)

2005.02.04 Friday

本日小回りコースへ繰り出すカヨコさんを送り出し、9時ごろにむくむくと起きた。今日も向かいにある屋台でフランスパンサンドイッチを購入し、続けてサツマイモをすりつぶし焼いたお菓子を以前買ったおばさんのところへ行ってみると、今日はワッフルを売っていた。これまた激安の一枚100リエル。ブン・ナスゲストハウスでコーヒーミルクを頼み、パンとワッフルをのんびりと食べた。

インターネットをやったり、たまった日記を書いていたらあっという間に午後になっていた。午後3時頃、買い物&カヨコさんおすすめの露天風呂へ行くため自転車を借りてのんびりとゲストハウスを出発した。バイク・車・自転車が入り乱れる道をのんびりと走るが、これがもう全然怖くない。それはここのバイクや車はいつものろのろといつでも止まれるスピードで走っているので、自分がちょっと無茶な運転しても止まってくれるから・・・なんて思うようになってきたからかも(非常に危険?!)。ここカンボジアで見るバイクは「カブ」がほとんど。そして驚いたことになんと50ccのバイクを運転をするのに、特に免許は必要ないんですって!小さな子供がバイクにまたがっているのを見て、それはまぁ驚いたけど、「法律的には別に問題ないんだ」と知ってこれまたびっくりした。カンボジアのバイクについてもう一つ。街を走っているとナンバープレートをついていないバイクの数が目立つのですが、なんでだろうと思っていたらその答えがフリーペーパー「Angkor Explorers」の中に書かれてありました。「バイクにナンバーがついていないのは,金がない、△っこわるい、のどちらか。ナンバーは$25程度。」えっ?「かっこ悪いからってつけない」ってそれでいいのかよ!!!っと思わずつっこみたくなった。

まずは露天風呂がある「モロッコーカフェ」の場所を確認するため現地に行ったが、そこの1階にレストランも併設されていたので、そこでなすとトマトのスパゲティを注文した。日本人経営の店ということだけあって、店の雰囲気が非常によく、紙おしぼりが出てきたときには嬉しかったな。タバスコの色となすの脂っこさに少し我慢しながらも、悪くない味だった。ここ3階の薬草サウナ&露天風呂は、6時〜8時は女性専用、8時〜10時は男性専用が利用できるようになっており、観光客のみならず地元民も利用する人気スポットなのです。6時まで時間があったので、再び自転車を漕いだ。

少しした先に「バタフライガーデン」と書かれた看板があった。フリーペーパーによるとここでは50種類以上の蝶を見ることがとのこと。入館は蝶が眠る5時までで、料金は$1。ちょっと惹かれたので覗いて見ると、木が数本茂る庭に巨大な網が上からかぶせられており、中に蝶がひらひらと羽ばたいていた。外からも十分その様子を見ることができたので、「これでいいや。」っと思ったい、その場を後にした。

その後はオールドマーケットでのお買い物でした。以前来た時に眼をつけていた紫色のANGKORビールのTシャツと、MINESのTシャツを買おうかなと思い、目的の店へ行ってみる。紫色のTシャツはまだあったが一部のプリントが薄れており、新しいのはないとのこと。「ここちょっと色が薄いわよ〜。」っとおっちゃんに文句言うとおっちゃんみずから$1にしてくれた。さらに「縫製もいまいちだけど〜。」って言ってみたけど、これは無理だった・・・。まぁ長い間きるものでもないと思われたので購入することにする。MINESのTシャツはANGKORのTシャツと違いしっかりとした生地で縫製も綺麗。どうも作っている工場によってできばえが大きく変わっているようです。ここでのTシャツは2枚あわせて$2.5でした。

さて時間も6時ぐらいになったのでひとり再び自転車を走らせ、モロッコーカフェに戻った。1階のレジで$2を払ってロッカーの鍵をもらうと、3階にいた女の子がバスタオルとハンドタオルを手渡してくれた。水シャワーを浴びてまずは露天風呂へ。浴槽の前には木製の流し場があり、雰囲気がとてもよい。お湯の温度もちょうどよく、青い空をぼけーっと見上げながら入ったお風呂は格別に気持ちよかった。しばらくして次は中にある薬草サウナへ移動した。入るまで「薬草サウナってどんなサウナだろう??」って疑問に思っていたけど、単純に薬草のにおいがするサウナでした。私にはこのにおい、さつまいものように甘い香りがしたのですが、他の人はどう思うだろうか?汗がどばーっと出てきて、5分ぐらいして水シャワーを浴び、また風呂に戻りそして薬草サウナを繰り返した。

お風呂から上がった後、無料サービスの水にこれまたタダのライムを3切れも入れて一気にがぶがぶと2杯飲んでしまった。「ぷあ〜。」って言うと、部屋で管理をしていたおねえちゃんがちょっと笑っていた。このお姉ちゃんはこれまたとってもチャーミングで素敵だった。

夜はこれまたブン・ナスのレストランで食べることにした。今日はカヨコさん、そして今日シェムリアップに到着したというカヨコさんの友達のコダマさんとの3人での食事だった。ここでアモック・フィッシュを頼んで見たら、ピーナッツ風味でとってもおいしかったのでした。色々な話ができて愉快な食事会だったけれども、うちはなんだかお腹の調子が悪く、食欲がなかったためかご飯を半分も残してしまった。部屋へ戻った後も胃の痛みはさらに激しくなり、ベットで寝転ぶ。だけど起き上がるのがなんだかつらい。胃が張っている感じがあり、気持ち悪い。胃薬を飲み、明日よくなることを祈って就寝・・・・。
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【カンボジア】腹痛で死亡の巻き (シェムリアップ)

2005.02.05 Saturday

痛い・・・。悲しい昨日の夜から胃の調子がいまいちだったが、今日も引き続き悪い。カヨコさんは早朝ツアーに出発し、うちは一人部屋の中で横になっていた。横にしていると比較的大丈夫なのだけど、お腹にガスが溜まっているみたいで立ってちょっと歩くとゲップがして、さらに歩くと腹痛で再びベットへ舞い戻ってきてしまう。そして胃と腸の両方がきりきりと痛み出す。「昨日何か変なものを食べたかなぁ・・・。」「お昼に食べたスパゲティーのタバスコの色がやばかったなぁ」とか「サウナで毒素が抜かれてからだが参ってしまったのだろうか」、など色々なことが頭をめぐった。とにかく体がとてもだるく、立つのもやっと。でもそんなことをずっと言ってられない!薬を飲むにしても胃に何かを入れる必要があったので、自らを奮い立たせて部屋を出た。

ブン・ナスのお兄ちゃんに「お腹にいいものありますか?」っと聞き、メニューを見せてもらったけど、どれも胃にがつんとくるものばかりだった。とてもじゃないけどそんなのを食べる気力がなかったので、「おかゆ(rice with soup)作ってもらえませんか?」とお願いしたところ、快く引き受けてくれた。値段も2000リエルと、安い。ほっと一息をつき、テーブルでおかゆがでてくるのを待っていたが、体が思うように動かず、一人テーブルの上にうなだれた。おじちゃんがいつものようにジャスミン茶を出してくれて「THANK YOU」と言ったけれども、あまりの痛さに表情が引きつっていた気がする。

おかゆができて、お兄さんがテーブルまで運んできてくれたけれども、とてもテーブルの上で食べることができず、「部屋で食べてもいいですか?」っとお願いしたら、「いいよ。」っと言ってくれてわざわざ部屋まで運んでくれた。おかゆは思っていた以上に豪華で、まるで鍋の後に食べる「おじや」のように味がしっかりついていておいしかった。小皿にはライムとかもやしなどの薬味もあって、即席で作っていただいた割にはとても気配りが行き届いていて感動してしまった。

おかゆ。
おかゆ。

カンボジアに来るまで、私はカンボジアに対してあまりいいイメージを抱いていなかった。それはやはり「地雷」や「キリングフィールド」といった悲惨な歴史が、カンボジアという国を暗いイメージにしていたと思う。しかし、実際この国に滞在し思ったことは、カンボジアの人たちはとても親切であるということ。こっちがにこっと笑えばみなさん、にこって笑ってくれるし、英語で話してみても朗らかに答えてくれる。もう一つ思ったのは、私が今泊まっているあたりのカンボジア人のみなさんは一生懸命日本語を勉強している人たちが多かったということ。隣のインターネットカフェのお姉さんも「日本語初級」という本を見ながら勉強していた、ここのホテルのお兄さんも日本語の勉強のため学校へ通っているという話を聞いた。今まで「姉さん〜!」など「安いね、安いね」と言ったお土産屋でよく見っける日本語を話す現地人を見ては嫌気をさしていたが、このように日本人に好意を持ち、素直に日本語を勉強しているカンボジアの人たちを見ていると、こっちも応援したくなる。

ちょっと食べて寝て、ごろごろしていたらいつの間にか2時になっていた。体調はいまだに優れなかったが、ルームメーキングをしてもらいたいので、がんばって部屋を出てフロントのお姉さんにルームメークをお願いした。20分後にできるとの話だったので、それまでインターネットカフェで時間をつぶすことにする。そこで以外や以外、座れるまで体調が回復していたのですよ!まだお腹は時折痛むけれども、回復してきてホッと一安心しちゃった。

たまたまタケオの前を見てみると、ミニバンがすでに戻っていた。カヨコさんはシェークを飲みながら軒下で他の人たちと話しながらくつろいでいたので、その輪の中に入って少し話をする。そこに31日ミニバンで遺跡を回ったとき隣に座っていたおばさまがいて少し話をしていると、これからご飯と言っていたので、「隣のブンナスおいしいですよ〜。」って勧めると「じゃぁそちらにしようかしら?」とるんるん気分で隣のレストランへ行った。私もそれについて言ってるといつの間にかそこで食事をすることになってしまった。

このおばさま、年齢不詳なんだけど、気持ちがとっても若く、体力もあっていつも元気。カンボジアに来たそもそものきっかけは孤児院の設立のためのボランティアだったんだけど、、到着後すべての予定がキャンセルされ、しかたなく帰国日までタケオゲストハウスにいることになったのです。色々話しているとこの方、児童学を専攻している大学院生さんと知ってたまげてしまった。世の中色々な人がいるもんだなぁ。また一人思うのでした。

明日はいよいよシェムリアップを発つことになりました!滞在9日間、思ったよりも長くいたなぁ(笑)おなかの調子が少し心配だったけど、そろそろ出発しないと!っと思い、決心してフロントに予約した。すると通常プノンペン行きのバスは$3であるにもかかわらず、2月9日からの中国旧正月に伴い、値段が$2増しの$5になっているとのこと。ががががーん!っと思ったけど、こればかりはしかたがない。この値段は13日まで続くみたいだしね。」

シェムリアップの町並み
シェムリアップの町並み

さて、明日は6時半にロビーにバスがピックアップにくるぞ!

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【カンボジア】喧騒の町プノンペン到着、驚きの連続の一日。 (シェムリアップ〜プノンペン)

2005.02.06 Sunday

「ね、今6時半じゃない?!」カヨコさんの一声で飛び起きた。腕時計を見てみると6:06を指していた。カヨコさんの時計は少し進んでいたみたいなんだけど、この日に限って目覚ましの音に全く気づかなかったくって、びっくりしちゃった。大体いつも目覚まし前に眼が覚めるのに、この日に限っては熟睡だった。きっとおなかの痛みがだいぶよくなったから、体が安心して眠れたのかも。カヨコさんも熟睡していたみたいで、今日は朝日を見に行くため目覚ましをセットしていたけど、ベランダから空の様子を見て「今日も出なさそう」っとぽつっと言って、朝日を断念していた。

昨日の夜のうちに大体のパッキングは終わっていたので、すぐに荷詰めが終了した。下へ行くとすでにスタッフの兄さんが起きていて、私はプラスチックの椅子に腰かかけ、バスを待った。6時45分。やっぱり時間通りにバスはこない。バスの道中で朝食を取れることは知っていたが、ここのレストランでパンとジャム&バターのテイクアウトをお願いした。すると漸く、7時に過ぎになって迎えのバスが到着した。ブン・ナスのスタッフの方々と写真を撮り、バイバイと手を振った。とても気持ちのよいゲストハウスだった。っと!そういえばパンの代金払ってなかった!!!!カヨコさん立て替えてくれたのかなぁ・・・・。ごめんなぁさい!

オールドマーケット前に迎えのバスは到着した。すぐにまた少し大きめのバンに乗り換えたが、これがあっという間に満員になった。さすがチャイニーズニューイヤ、おそるべし。このバンが走ること20分、バスは大きなバスターミナルに到着した。なんとここでまた乗り換えです。しかし今回はバンとは違い、立派なバスですよ。車内の乗車券を係りの人に手渡すと「君はここだ。」と座席を指差し、うちは素直に座った。チケットには一応座席番号が記載されていたが、自分の座る席は係りの人の気まぐれによって決まるらしい。午前8時、バスは出発した。

発車してすぐ、お約束のビデオミュージックがテレビで流された。今まで全く触れていませんでしたが、ゲストハウスやレストランへ行くと、大抵カラオケの番組を流しているんですよね。なんでか全くわからないけど、好きなのかね?カラオケが。あるレストランで食事をしていたとき、暇になった厨房の人たちがみんな一斉に表に出てきて、カラオケ番組に釘付けになっていたときは正直びっくりしたなぁ。

バスの中ではじめに流されたのは踊り子の姉ちゃんのビデオだった。ほのぼのとした田園風景とは対照的に、ブラウン管の中では美人な姉さんが曲に合わせて腰をふりふりして踊っている。終わったらまた次の新しいお姉さんが現れて、これまたしょぼいCGをバックに素敵なボディをふりふりさせて色気を振りまいている。男の人たちは真剣なまなざしで見ていたけれども、正直「なんじゃこりゃ?!」と思ってしまった。これも娯楽なのですね。

外は雲一つない快晴だった。ハンモックの中で居眠りしているおじちゃんもいれば、小さな池にすっぽんぽんで飛び込む子供たちがいる。果てしなく続く大地が現れたと思ったら高床式の民家が現れる。そのような光景の繰り返しだった。

プノンペンへ行く途中の様子
プノンペンへ行く途中の様子

人満載。
人満載

バスは途中昼食休憩のため、ある中華レストラン前に到着した。そこでうちは発見してしまった!足が6本生えた黒い物体を売っている売り子さんたちを!慌ててバスから出てその正体を確認すると・・・でたぁ!タランチュラの佃煮だ!佃煮かどうかはよくわからないけれども、タダ単に黒いのと、オイルと唐辛子のようなもので味付けているみたいだったので、そう名づけた。お姉ちゃんが足をぱくりと食べて「おいしい、おいしい」の仕草をしてくれる。うちはその表情を見て、顔が歪む。お姉さんはざるいっぱいに乗ったタランチュラたちを「どうぞ!!」っと言わんばかりにうちに近づけてくが、うちはすかさず逃げる。・・・でも少し気になる。お姉さんに「足を少し試食してもいい?」っといい、足を少しもらっちゃった。もらったあと「あぁしまったあ」っと思いつつも恐る恐る口に運ぶ。ぱく。食べる。かなり煮込んでいるみたいで、タランチュラの足は柔らかかった。味はにんにく風味が強く、タランチュラ自体の味は正直よくわからなかった。それにしてもタランチュラ食べちゃった!!ちなみに別のバスに乗っていたフランス人(?)女性さんは一匹まるまる購入して食べていた。胴体の部分はさすがに残していたのでした・・・。そのほかにはちっちゃい貝とかを売ってましたよ。

にんにく風味のタランチュラ
タランチュラの佃煮

バスはプノンペンに3時ごろ到着した。キャピトル前に停車すると聞いていたが、どうも全く違う場所に停車したみたい。外に出て見るとバイタク兄ちゃんの勧誘が始まった。予約したホテルの迎えはまだ到着しておらず、私はあっという間にバイタク人たちに囲まれた。途中「バイタクでもういっちゃおうかなぁ」と思いながらも粘り強く待つこと10分、予約した宿の迎えがやってきた。運転手は明らかに綴りの間違っている私の名前を掲げつつも私のザックを運転手席前におき、私を後ろに乗せて出発した。

到着したホテルの外壁はワイン色で、驚くほど綺麗だった。さすがオープンしてまだ3ヶ月っということもある。早速部屋を見せてもらうよう鍵を受け取ると、なんと部屋は5階だという!安い部屋は上の方っていうことですね・・・。螺旋階段をかけあがり、部屋を確認してみるとこれまたとても清潔な部屋で、テレビも備え付けられている。一目で気に入り、プノンペンではここの宿に滞在することにした。

早速プノンペンの町を歩いて見る。まずは次の拠点、ベトナムのチャウドックへの値段を確認するため、キャピトルツアーに確認しにいくことにした。そこまで行く道のよくないこと!アスファルトがなく、ぼこぼことしており、道にはあちらこちらにごみが捨てられている。一言でいうと汚い。「どうしてこんなに道が汚いんだ?」って疑問に思ってしまうほどの汚さだった。そしてキャピトルレストランにたどり着くと、これまたいらっしゃいました、バイタクさんたちが。それにしてもその数の多さときたらすごいこと!四方八方から「ヘロー!!」っと声をかけてくる。まぁ丁重に無視っと。

プノンペンの街角にて
プノンペンの街角にて

チャウドック経由で入国するのが$6であるのを確認し、ついでにそこのキャピトルレストランで食事をした後、街の中をぶらぶらすることにした。ちょっと遠くにあるセントラルマーケットまで徒歩で行ってみたが、結構近くてびっくりした。私の中ではプノンペンはもっと大都市と思っていたけど、思ったよりもこじんまりとしているのかも。セントラルマーケットの中を歩いて見るが、時間が午後5時近くになったこともあり、商店のみなさんはなんだかやる気なさげである。面白くもなんともなかったので、すぐに出てきてしまった。再び溢れんばかりのバイクと車の中をかいくぐってゲストハウスを目指した。

帰る途中、私は一軒の店の前で思わず立ち止まり、硬直してしまった。軒下には鶏が数十匹並べられており、その前に止めてあるバイクにはまだ生きている鶏たちが足を縛られ、逆さまに吊るされている。店の奥では鶏の首をへし折り、解体している兄ちゃんや、皮を剥いでいる兄ちゃんたちが忙しそうに作業をしていた。私の硬直した姿を見て、中にいたみなさんは笑っていたけど、こんな様子を都会のど真ん中で見るとは思わなかった。それにしても、あの鶏たちは衛生的に大丈夫なのだろうか?

宙吊りチキン
宙吊りチキン

極めつけは宿に戻る前に「水を買おうかな?」と宿近くの道を歩いていると、一匹の子豚ちゃんが、バイクの荷台に詰まれたかごから落下したんですよ!その子豚ちゃんはすでに死んでいたようなんだけど、道のど真ん中に子豚が一匹寝転がっている様子は異様だった。豚

仔豚たち

プノンペン到着一日目は色々驚き尽くしの一日だった・・・。
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【カンボジア】プノンペン観光 (プノンペン)

2005.02.07 Monday

今日も引き続きプノンペン観光です。思ったよりも早く眼が覚めて、8時ごろ部屋を出た。外にはバイタクの運ちゃんたちが暇そうにしていて、うちが玄関から出るなり勧誘攻撃が開始した。午後にでもキリングフィールドに行く予定だったので、試しに値段を聞いて見ることにする。うちによってきたカンボジアのおっちゃんは英語ができないらしく、なんかお互い身振り手振りしながら会話をしていたが、彼が出した金額は$5だった。ガイドブックには約$5と書いてあるから相場といったら相場かもしれないのだけど、先日あったコダマさんは$3で行ったという話を聞いていたので、それ以下にならないか?とこれまた手振りで示したが全く通じなかった。なんだかめんどくさくなり、まずはご飯を食べようととぼとぼ歩きだすとおっちゃんが「待て、待て」っと言ってきたが、ごめんなさい。

ホテルを出てすぐ右の角にある中国料理屋さんで食べることにした。うちは魚介類が入った麺を注文すると、すぐ出てきた。早速食べて見るとこれがまたおいしい!中華系の店ということだけあって、ちゃんとジャスミン茶のサービスも忘れない。値段も3500リエル(約$0.8)ととてもリーズナブルなので、昨日はたいしたもの食べてなかっただけに、今日の朝は少し贅沢感じがした。食べ終わって歩き出すと、さっきのバイタクのおっちゃんが付いてきた。うちが麺を食べているときもずっとうちの様子を観察していただけに、もううっとおしくなり、「もういいから。」っととっとと追い払い、うちは最初の目的地、トゥール・スレン博物館を目指した。

トゥール・スレン博物館はホテルから徒歩20分ぐらいのところにあった。博物館を囲む白い塀の上には有刺鉄線が張られており、早くも重々しい空気が流れていた。入場料$2を払い、早速館内を散策してみることにする。

くつろぐバイタクの兄ちゃんやおっちゃんたち
くつろぐバイタクの兄ちゃんやおっちゃんたち

トゥール・スレン博物館
トゥール・スレン博物館

ここトゥールスレインは1975年から3年8ヶ月におよんだポル・ポト政権時に刑務所と使用され、多くの人たちが拷問の末に処刑されていった場所なのです。無謀な社会主義主義改革が強行される中、ポル・ポトはそれを妨害する「スパイ」とみなしたものを家族とともに次々と捕らえ、激しい拷問そして処刑を繰り返した。彼が実権を握っていた3年間のうちに、2ミリオン(約200万人)ものカンボジア人が尊い命を失ったといわれています。

元高校が改築されたというこの刑務所は4つの棟に分けられており、それぞれA棟〜D棟と名前がつけられている。私が一番初めに足を踏み入れたのは、かつて尋問室に使用されたA棟だった。7畳ほどの部屋の真ん中に鉄ベットがぽつんと置かれており、左側の壁には鉄ベットの上で衰弱しきった人たちの様子を撮影した巨大なパネルが備え付けられている。部屋の中は薄暗く、さびしく、私は胸が締め付けられる思いだった。ここで何人もの無実の人が激しい尋問に耐え、そして命を落としていったのだろう。必死に涙をこらえながら同じような部屋をいくつもいくつも覗いた。A棟の横には看板が備え付けられており、そこには当時の館内ルールが記されている。「質問されたら、正直に答えなさい。」「質問されたら、間を無駄にせぬよう、迅速に答えなさい。」「常に静かにしていること。」など書かれてあった。

次のB棟には、当時収容された人々のおびただしい数の写真が壁いっぱいに貼られていた。中にはまだ3歳ぐらいと思われる幼い子供の写真もあった。ほとんどの人たちは無表情で、両手を後ろに縛られ、頭の後部を鉄の棒で固定しているような形で撮影されている。一人涙を流している女性の写真があった。その姿は悲しみに溢れていた。B棟の前にはかつて両腕を縛った人を吊り上げるための台も残っていた。すぐ隣には木製の鉄棒が3つ並べられており、二つの器具はあまりにも対照的であった。

続くC棟は他の棟と違い、入り口部分以外すべて有刺鉄線が建物を覆い隠す勢いで張られていた。これは自殺未遂しようとする人たちをやめるために設置されたそうです。その様子は痛々しく、すぐに足を踏み入れることができなかった。私は貧血気味になっていたので、少しベンチで休憩することにした。この重々しい雰囲気の中、かなり気が滅入っているようだ。少し休んだ後覚悟してC棟に足を踏み入れた。1階は部屋をレンガで区切った独房室だった。一つの独房は一畳程度の広さしかない。つづく二階も独房であるが、こちらは木製であった。両足を鉄の錠で固定された人々は、この狭い独房の中でただただ自分の番を待ったのです。聞いた話によると、当時「これから君はSTUDY(勉強し)に行く。」という言葉を言い渡された人たちはその後戻ることはなかったそうです。つまりこれは処刑を意味していたのです。

続くD棟にはこの刑務所から生還できた人、そして当時この刑務所で働いていた方たちの今の写真が展示されていた。10:00から1時間のドキュメンタリー番組が流されるということで見てみたが、ナレーターが何を言っているのか聞き取れず、あまりよくわからなかった・・・。でもそれまでの気分がだいぶよくなったかしら?

博物館を後にし、キフィングフィールドへはツアーでいこうか、自力で行こうか迷っているときに、一台のバイクの運ちゃんに値段を交渉したところ$3ということでオッケーといわれたので自力で行くことにした。ちなみにはじめの言い値は$10でした。ツアーは$2だからちょっと高いけど、自分でのんびり見れるからいいかなっ。むき出しの配線が黒いビニールテープで張られているのを見て「おっちゃん、大丈夫?」っと聞いて見たら「うん、うん。」っと頷いていた。本当に大丈夫かいね?

はじめて交渉したバイクに乗り、なんだか嬉しかった。バイクはすぐに交通渋滞にはまった。みんなわが先にわが先に行こうとするので、もう大混乱である。信号なんて関係ない。ちなみにここプノンペンの歩行者信号はとてもかわいい。青になると信号のアニメーションがまるでコッサクダンスを踊りだすように動き出す。ユーモアがあっていいじゃない!っと一人思う。渋滞を潜り抜け、おっちゃんの名前を聞いて見ると「チョイさん」というらしい。運転しながら色々と話しかけてくれて、とても気さくなおっちゃんだった。(ただ時々何を言っているのかわからなかったりするけど)「最近プノンペンでは車が増えてきてね、特にカムリが人気」やら「ポルポト政権下、約2ミリオンの人たちが死んだんだよ。」とか、色々話してくれるのはいいのだけど、前見てちゃんと運転してちょーだい!乗る前に「安全運転ね〜。」って行ったせいか、このおっちゃんのバイクは次々と他のバイクに追い越されてゆく。このバイクが遅いだけか?

約30分ほどして、キリングフィールドに到着した。結構距離があってびっくりした。ここはトゥール・スレン刑務所で収容された人々が運ばれ、そして処刑されたのち埋められた場所なのです。入ってすぐに目の前には立派な慰霊塔が建ってあり、中には頭蓋骨がびっしりと詰まったガラス張りのショーケースがあった。ここにはなんと掘り出された8985の遺骨が安置されているのです。そしてこの慰霊塔を囲むようにして、ぼこぼことした大きな穴がいくつも見ることができます。地面にできたこれらの穴はすべて遺体を掘り起こす際にできた穴であり、思わずぼーっと立ち尽くし、見つめてしまう。

キリングフィールド
キリングフィールド

大きな穴がいくつも
大きな穴がいくつも

キリングフィールド周辺は緑が広がる美しい景色が広がっていた。少し歩いていると子供が寄ってきておかしをせがむ。「ない。」というと、次は「ピクチャー?」っと言ってきた。自ら写真撮ってほしいのか?っと思ったけど絶対にお金目当てだと思い、「なんであなたを撮らなきゃいけないの?」と日本語で答えたらどっかへ行っちゃった。他の子供も同じようことを言っていたので、きっと写真撮影でお金とかをもらっているのだろう。まぁ観光地ではよくあることですけどね。それにしてもキリングフィールドが遊び場の子供たちってどうだろう・・・?

キリングフィールドの後、おっちゃんに頼んでバイクを運転してみた。おっちゃん、これかなりぼろい!変速を変えるペダルの硬いこと。4速までいけるらしいんだけど、硬くて一回一回おもいっきし踏んでいた。満足してバイクに乗ったがやっぱりこのおっちゃんのバイクはスピードがいまいちらしい。「今何キロぐらいなんじゃろ?」っと思って見てみたらメータ壊れてて『0Km/h』だった・・・・。

明日の船を予約するため、帰りはキャピトルツアー前にお願いしたところ、途中オリンピック・マーケット前にバイクを止めた。追加料金なしでストップしてくれるということだったので、お言葉に甘えてマーケット内をうろうろすることにする。お昼はマーマレードのようなパンしか食べていなかったので、にら饅頭を一つ購入し、おいしそうなオレンジジュースを頼んだ。オレンジジュースをチューチュー吸い、鞄の中からにら饅頭を取り出し食べ始めるとオレンジを絞っていた女の子が笑い出した。なんかおかしかったかしら?

おいしいオレンジジュース。
おいしいオレンジジュース。

チョイさんは約束どおりキャピトルツアー前に送ってくれた。「It was nice meeting you」って言われて嬉しかったなぁ。はじめはずいぶんとぼってきたけど、チョイさんいい人だった。東南アジアのような国を旅行していると、観光者はよくぼられる。それはもうしかたがない。だってたくさんお金もらいたいっていうのは人間の心理と当たり前と思うし、なるべく高値で売れるなら高値で売りたいと思う。いくら貧乏そうにしていても、旅行者である限りみんな必ずお金を持っているわけだから、その相手から多くのお金を取ろうという心理がわからないでもない。だからこっちはこっちでしぶとく、粘り強く対抗して、より安値で利用できるよう、がんばるしかない。私はいつも少々ぼられていても気にすることなく、「東南アジア発展のために寄付させていただきました!」って考えてます。
チョイさん
チョイさんとボロバイク。

チャウドック行きのチケットを予約し、部屋で少し休んだ後、夕方また街へ繰り出した。マーケットへ行って明日の朝のマッフィンを買い、帰り道においしそうな甘味屋を発見した。テーブルの上には銀色の大きなボールが10個以上並べられてあり、中にはそれぞれ彩り豊かなスイーツが入っていた。私はタピオカとピーナッツが混ざったスイーツと、またもや発見してしまったパンプキンプリンをオーダーした。お姉さんはスイーツを採るとその上にカキ氷をのせ、さらにコンデンスミルクをかけた。すぐに一口食べると・・・もうおいしい!幸せいっぱいになった。どっちのスイーツも甘さ控えめで上品な味がする。一気に食べてしまったのでもういっぱい頼もうか、っと思ったけどやめることにした。これでいっぱい500リエルは安いと思う。

プノンペンのメインストリート?
プノンペンのメインストリート?

さて、明日はいよいよベトナム入りです!

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【ベトナム】いよいよベトナム入国です。 (プノンペン〜チャウドック)

2005.02.08 Tuesday

今日はいよいよベトナム入りだ!そんなことを思いながらさっさと荷物をまとめ、7時40分ごろ部屋を出た。最後までここのゲストハウスの人たちは愛想がよく、いい人たちだった。大きなザックを後ろに、小さなザックを抱えながらのすのすと町を歩き、バス出発10分前にキャピトルレストラン前に到着した。あまったリエルを使い切ってしまうために紅茶を頼んだら、コップの底にコンデンスミルクが入ったティーバックの紅茶を出されてちょっとがっかり・・・しょんぼりまぁしかたない、っと思いつつもそれを飲みながら昨日買ったパンを食べた。相変わらずプノンペンの町は交通量が多く、キャピトルレストラン前には暇そうにしている運ちゃんが目立つ。一人もさもさと朝食を食べていると、同じテーブルに座っていたフランス人のお兄ちゃんが話しかけてきた。彼はもう6ヶ月間もアジアを旅してきて、もこり3ヶ月かけてカンボジアとインドを旅行するらしい。名前を聞いたらはじめ「ATM」って聞こえて思わず「ATM?」って聞き返したら、「No, no, no, TIM」って言われた。聞き返す自分も間抜けである。彼はベトナムで知り合った友達の日本人二人とこのレストランで待ち合わせしているらしく、特に何も注文することなく座っていた。8時過ぎたころ、店内に「バス トゥー チャウドック!!」の声が響きわたった。私はそそくさとお会計を済まし、あまったリエルをTIMさんにプレゼントした。そしてそのころ、TIMさんの友達がレストランがやってきた。二人ともいかつい感じで、一人は腕に立派な刺青が入ってるではありませんか。私はTIMさんと握手し、バスに乗り込んだ。

赤を貴重とした旧正月を祝福する飾りを販売する商店がいくつも目に飛び込んできた。そう、今日は旧正月のおおみそかなのです。バスは華やかな市内から郊外へと抜け、メコン川沿いの道を走った。しかしいくら走ってもバスは一向に止まる気配がない。時計の針をみると、10時を指していた。もう2時間近くバスに乗っているのだのかいね!!これから船に乗り換えることがあるのか?!隣に座っているマレーシア人(適当)おじさんも「なかなかのメコンクルーズだよね。」とジョークを飛ばしつつも少し心配のご様子。・・・っとちょうどそのころバスが止まった。ここで船に乗り換えるのです。バスから降ろされたザックを担ぎ、船乗り場に行ってみると黄色くて長細いおんぼろの船がぷかぷかと浮かんでいた。早速みんな乗り込むと、船はすぐに出発した。

この船でベトナムへ行きます。
この船でベトナムへ行きます。

とてもいい天気の中、クルーズは心地のよいものだった。青い空に白い雲、川沿いには青々とした緑に囲まれた家々が軒を連ねており、私はのんびりとその景色を楽しんだ。ただ髪の毛がぼさぼさになった。

青い空〜♪
青い空〜♪緑に囲まれた家々〜♪

しばらくしてカンボジアのイミグレーションに到着した。あっという間に出国手続きが終わり、再び船に乗ると次はベトナムのイミグレーションが現れた。ベトナムの国旗が風になびいており、「いよいよベトナムに来たのね!!」っと私は胸を躍らせた。入国審査ではじめに待っていたのは健康チェック。かと言っても自己診断書など何もなく、ただ2000ドン(約15円)払うだけ。へ?っと思いながらも次は入国カードを記入してイミグレーションを済ますのね・・・っと思っていたら後はガイドさんがやってくれるとのこと。待つこと1時間、荷物検査を受けて入国審査は終了してしまった。あまりにも簡単で、正直あっけにとられてしまった。以前バンコクで、「日本人は15日間の滞在だとビザなしでも大丈夫だが、審査員によってはベトナムからの出国チケットの掲示が求められる」という話を聞いていたので、ちょっと心構えをしていたが、よかった、よかった。(ガイドブックにも『有効期限3ヶ月以上のパスポートと出国用の航空券を有する日本国民に対しては、15日間以内の観光目的の滞在に限りビザは不要』との記述あり。)

船を乗り換え、いよいよはじめのベトナムの町、チャウドックへ向かうのです。一人わくわくしていたのもつかの間、船は茶色く輝くメコン川を猛スピードでぶっ飛ばした。水しぶきと強風で顔が痛い。周りの景色をのんびりと見ることなく、私はサイドにあったカーテンを閉め、とにかく耐えた。

午後4時ごろ、船はチャウドックに到着した。今まで見てきたクメール系の人たちと違い、中華系の顔立ちの人たちが目立つ。たくさんの人でごったがえった小さな港で降りると、近くのゲストハウスへと案内してくれるこのボートツアーのお兄さんがいた。そのお兄さんに続いて歩いていってびっくり、道の両サイドには等間隔でベトナムの旗が掲げられていた。どの道を見てもベトナムの国旗が店の前やホテルの前に掲げられている。町全体が正月ムードで盛り上がっていることはよくわかったが、日本で正月といえどあちらこちらで日本国旗を掲げていたら、ちょっと異様な光景のように思える。

チャウドックの街が見えてきた。
チャウドックの街が見えてきた。

まさにベトナムゥ!
まさにベトナムゥ!

正月グッズ
日本の縁日を彷彿させる正月グッズ。

はじめに紹介されたゲストハウスは一人なのに二人部屋を紹介され、「$6だ。」だと言ってきた。私は一人だ、というと「夕方までにルームパートナーを見つけたらいいじゃないか。」とわけのわからないことを言ってきたので、周りにある他のゲストハウスを見て回ることにした。それにしてもこのあたりのゲストハウスは古い。こりゃお客集まらんだろう、っと真剣に思ったゲストハウスもあった。私が最終的に決めたのはマーケットに近いゲストハウス。一泊70000ドン(約4.8ドル)っとまぁ安い。受付にいた目のくりくりとした女の子に案内され、今日の宿に宿泊することとなった。

早速今日の夕食を食べようと、近くのマーケットへ足を運んで見ることにした。干物屋さんをメインにおもちゃ屋さん、野菜屋さんなどたくさんの商店がぽつぽつと並び、私はその前にある屋台でおかゆをたべることにした。値段は5000ドンと安い!唐辛子の量を調整できるよう、スプーンの中に唐辛子が盛られていたが、私は誤ってほとんど入れてしまい、めちゃめちゃ辛かった。ガイドブックをちらちらと見ながら食事をしていると、子供連れの変なお姉さん(おばさん)がうちの横でボーっと見ていた。何か言ってきたので、「あぁ、何かほしいのかね?」っと思いつつも無視をしていたが一向にそこから立ち去ろうとしない。2歳ぐらいの小さな子供は、私が彼のほうを見ると「きゃきゃきゃ」っと恥ずかしそうに笑ったりしている。いったい何なんだ!?日本語で問いかけても答えることなく(答えたら怖いけど)動こうとしない。結局うちはおかゆを食べ終わると席を立ち、お皿を屋台のおばさんにお返しした。不気味な親子だった。本当になんだったんだろう?!!

食後にちょっと甘いものが飲みたくなり、シェークを頼むことにした。値段は5000ドン。これは安いのだろうか、高いのだろうか?!ベトナムのものの物価が全くわからないので、高いのか、安いのか、全くわからない。ベトナムを旅してきた人たちからは「ベトナム人は外国人にぼってくる。」っといううわさを幾度となく耳にしてきたので、自分がものすごく値段に敏感になっていた。しかし、でもここチャウドックは外国人に特に上乗せした料金で販売しているよう感じはなかった。きっとぼってくるのはもっと都会での話しなのかもしれない。購入したパイナップルシェークはコンデンスミルクの味が強かったけど、とてもおいしかった。楽しい

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【ベトナム】メコン川の夕日は美しかった。 (チャウドック〜カントー)

2005.02.09 Wednesday

夜中、爆竹やどんちゃん騒ぎの音が聞こえた気したが、ねぼけていたのであまり覚えていない。そう、今日は旧正月の元旦なのです。朝起きてしばらくは静かだったけど、7時過ぎると外でシンバルや太鼓やらがけたたましく鳴り響いた。

今日の朝食はフランスパンの中にハムなどを挟んだサンドイッチと、アイスコーヒーです。それぞれ別々の店で購入し、変な中国映画を見ながら部屋で食べた。英語が全く通じないので、買い物に結構苦労するのだけれどもチャウドックの商店のみなさんはとても優しい。それにしてもまずは早く数字になれないとだめだと痛感した。ガイドブックを広げながら数字の勉強を少しする。

アイスコーヒーを購入した店。おじさんがいい感じ。
アイスコーヒーを購入した店。おじさんがいい感じ。

チェックアウトの際、昨日あった目のくりくりの女の子の姿はなかった。出発前に写真を撮りたかっただけに、少し残念な気持ちになった。

ここからカントー行きのバスがあるバスターミナルまで行くのには徒歩で20分以上ある。っということでベトナム初の値段交渉だ!外に出て早速バイクを呼び止める。宿の人からはだいたい5000ドンと言われていたけれど、一声目は10000ドンだった。うちは4000ドンで乗ることを目標にしていたけれども、これが結構難しかった。だめだ、っと言って去る人もちらほらいた。でも最終的にははじめの方に声をかけたバイクのおっちゃんが4000ドンでバスターミナルまで乗っけてくれると言ってくれたので、そのおじさんにお願いすることにした。

バスターミナルはこじんまりとしたものだった。ターミナルに着くなりよくわからないおっちゃんやおばちゃんが親切にもうちをカントー行きのバスまで連れて行ってくれるのだけれども、その運ちゃんにカントーへの値段を聞いて見ると30000(?)っと言ってきた。チケットブースに22500ドンと書いてあったので、すぐに乗り込まずまずはチケットブースでチケットを買おうと向かっていたら、次は濃いメークの派手なおねえちゃんが登場して、「まぁチケットは後でいいから、早く乗り込みなさいよっ」と言わんばかりにうちをバスへつれていこうとした。うちは必死に値段が違うことを伝えたら、「この子は通じないわぁ」っと思ったであろうおねえちゃんはうちにさっさとチケットを買わせて慌ててバスへ連れ込んだ。うちが乗るとすぐにバスはゆっくり出発した。どうももう出発寸前だったから、慌てていたらしい。

のろのろと走り出すバスに、次は物売りのおばちゃま&お姉ちゃんたちが乗り込んできた。うちのひざの上にスティックガムを乗せたり、500mlの水のペットボトルを乗せたりしてくる。私は終始いらないと主張してきたが、結構しつこかった。周りの乗客の人たちも、うっとおしそうに断っていた。

車は止まったり進んだりを繰り返しているうちに、補助席をすべて使用するほど満員になっていた。ちなみに私の席の列は全部で3人がけなのに、私と3人のおっちゃんが座っていて狭いったらありゃしない。そしてバスがカントーへ出発する直前、あの派手な姉ちゃんが乗り込んできた。そしてみんなから運賃を集めだした。そう、この派手な姉ちゃんはバス会社の人だった!あまりにも普通の格好をしているし厚化粧なので、全くわからなかった。前のおばちゃんがお姉さんに20000ドン渡しているのを見て、「ここで直接買ったほうがよかったのかなぁ。」っと一人思った。

カントーまで行く途中、大小たくさんの橋を越えた。さすがメコン川、多くの支流があるのね。カントーではなるべく自分の目的地近くで下ろしてもらいたかったので、バスのお姉ちゃんに地図を見せ、「私はここへ行きたいのよ。」っと指差すとお姉さんは「うん、うん、わかったわ」みたいな感じなことを言っていた。外に気を奪われながらバスが走ること3時間、バスはあるガソリンスタンドに止まった。お姉さんの「あなたここで降りなさい!」とのお言葉を受け、あわてて降りる。するとバイクにのったおばちゃんがワーワー何かを言ってきて、私をバイクに乗せようとした。それよりまずは現在地を確かめたかったので、ここはどこかと聞いてみる。しかし、何を言っているかわからん。気を取り直して、地図をさして「ここへ行きたい」っと聞いて見ると「わかったから乗んなさい、乗んなさい」っと言ってくる。なんだ、このばはんは。値段を聞いて見ると「20000ドン」っと言ってきた。おばちゃんアホちゃう?っと言って見たら「10000ドン」になったが。しかしうちはこのおばちゃんが信じられず、近くのホテルに駆け込んだ。ホテルの兄ちゃんに聞いて見るとここの場所は地図に乗っていないが、目的のゲストハウスまでは5000ドンでいけるという。早速バイタクのおっちゃんに5000ドンで交渉し、ゲストハウスへ向かった。

数件のゲストハウスを見た後、HOTEL31に決めた。部屋へつながる通路には水槽が4個ほど置いてあり、中には亀やかえるやうなぎや蛇とかが入っていた。これはレストランで使う食材であると思うが、蛇を見たときはさすがにびびった。ここの宿では「パスポートを預かる」といわれた。はじめはどういうことかさっぱりわからなかったけど、警察へ届け出る必要があるらしい。宿を出るときには返してもらえるということなのでいわれたとおり手渡した。

ホテルの人にメコンデルタツアーについて聞いてみたら、人が来るので待つように言われた。数分後、おじさんが現れ、メコンデルタツアーについて色々と説明を受けた。紹介された2つのツアーの中で私が気に入ったのは「夕日&蛍観賞2時間ツアー&水上マーケット5時間ツアー」がセットになったもの。値段を掲示されたとき、びびった。一人で$21だと!ツアーだともっと安いと思うんだけど、ここカントーでは団体ツアーはなく、一人でボートを貸しきったツアーとなるので、この値段になるとか。団体ツアーに参加したいのであれば、ホーチミンの旅行代理店を通じてやるのが一般的だという。1時間ボートをチャートすると$3ということでこの値段になったというが、このツアーへの参加は非常に悩んだ。でも考えて見ればここでメコンデルタを観光しなかったら「カントーに何に来たんだ?!」っと思いかねないので、ここは奮発してみることにした。さらに値引き交渉した結果、$18となった。

夕方のツアーまで、街を散歩することにした。昼ごはんを食べにマーケットへ行ってみたが、がらんとしていてすべての店が閉まっていた。これまた正月休みの結果でしょう。残念だわ・・・。そこで綺麗なお姉さんが作るとてもおいしいフォーを食べ、メコン川沿いを歩いて見ることにした。川沿いには整備された美しい公園が作られていて、花壇には彩りの花が植えられていた。カントーに到着するまで、この街はチャウドックと同じぐらいの規模と思っていた、チャウドックよりもはるかに大きく、立派な街だった。先ほどツアーのおじさんのはなしによると、カントーは開発がどんどん進められており、ここ3年間のうちにずいぶん様変わりしたという。周りを見渡して見ても大きく高級そうなホテルがちらほら目に付き、立派な観光地として栄えているようだった。

美人なお姉さん
綺麗なお姉さん。

旧正月のパレード?
旧正月のパレード?

今晩食べるフルーツを買うため、溢れんばかりのフルーツが売られている店へ入ってみた。おいしそうな梨があったので、一つの値段を聞いて見ると、おばさんは無愛想に「5000」っと言ってきた。え〜!!!!梨一個で30円もするの?!驚嘆していたらおばさんが『もうどっかへ行け』っという風に手を振った。なんだよ、このおばはんっと思った。他のフルーツ屋さんにはいってみても同じように言われた。でも梨を食べたかったので、一つ4000ドンの梨を買うことにした。なかなかおいしかったけど、やっぱりフルーツの定価の値段がさっぱりわからない。

夕方5時、迎えのおばさんがやってきた。このおばさんは昼にツアーの説明をしてくれたおじさんの妹さんらしいんだけど、うちを手招きして歩み寄ったとたん腕をがっしっと掴み、私を誘導した。びっくりするうちを全く無視するかのようにおばさんは早足で進み、近くの屋台でフランスパンのサンドイッチを購入していた。あれよあれよという間におばさんはうちを船に乗せ、出発させた。エンジンを使用してメコン川の中ほどでぷかぷかとまだ日の高い夕日を眺めていると、おばさんはまたすぐに船を船乗り場へと走らせた。何が起こったか全くわからない私に、おばさんは「次はこのお兄さんが貴方の相手をするから。」っと言って船の近くに立っていたお兄さんを紹介するとさっさと消えていった。このおばさん、なんだったんだ?!!

迎えのおばさん
迎えのおばさんに来てくれたおばさん。

メコン川
メコン川ですよ。

次に船を漕いでくれたのはミンというお兄さんだった。前歯が2本なく、笑顔になる黒い隙間が出現してなんだかかわいらしかった。彼は29歳の船乗り士で、船乗りをはじめてもう9年なるという。英語は決して上手じゃなかったけどとても気さくな兄さんで、乗船中色々なお話をした。あそこに見えるのが一泊100ドルのホテルだ、とかあれは直径1Mぐらいしかない島だ、とかこの支流の100KM先には海なんだ、とか色々と教えてくれた。話しの中で、ミンさんは彼女がいないって言ってたので、「なんでいないのですか?」って言ったら「いつも船に乗っているから出会いがないんだよ。」って言っていた。『仕事していて彼女がいない人たちは、大抵理由は一緒なのね。』っと一人思った。

夕日が沈みかけたころ、ミンさんは今まで使用していたエンジンを止め、オールに切り替えた。先ほどまで大きな音を立てて動いていた船は静かになり、オールで水を漕ぐ音が心地よかった。長く伸びた赤い太陽の影と、きらめく波を私はずっと眺めた。すごく素敵だった。当初はメコン川の夕日を見る予定ではなかったけど、見れて本当によかった。私も手漕ぎボートを少し体験させてもらったけど、かってが全くわからず、船が全く進まない。1分でギブアップし、すぐにミンさんと交代した。

美しい夕焼け。
美しい夕焼け。

暗闇が徐々に空を覆い隠す中、私たちは蛍の見えるスポットと移動した。蛍のスポットは夕日を見た地点よりもさらに30分程船を走らせたところにあるという。川幅が4Mもない支流を、船はゆっくりと進んだ。川沿いには光を灯した家が立ち並び、木は枝を水中に枝を垂らすようにして育っていた。時折家の中から大音量のカラオケが聞こえてくる。カラオケ ベトナムでもカラオケが大人気であり、家でカラオケを楽しむ人が多いという。ミンさんも大のカラオケ好きらしく、他の人が歌っている歌を聴いて、時々口ずさんでいた。

少しして蛍スポットについた。でもまだ蛍は見えない。ミンさんが指をさして「ホタル」っと言った。見てみると木の中に光るものが一つ見えた。えっ?それだけかいな?!と思いつつ、眺めているとあと3つぐらい光った。確かにここではホタルを年中見ることができる。しかし一番多くのホテルを拝める時期は雨が降る7月だという。ぽつぽつと光るホタルにはちょっとがっかりしていたけれど、今にも零れ落ちそうな星を船の上から眺めるのはすばらしかった。さらにミンさんは私にプラスチックのおわんの中央に蝋燭を立てた行灯のようなものを手渡してくれた。そして川の中に放つよう、指示をした。すると6つの奇妙なお椀が川の流れに身をまかせるようにぷかぷかと浮いた。それを見てミンさんは「ホタル〜♪」っと言っていた。『おいおい、違うだろう。』っとつっこみつつも、なかなか面白かったのでよしとした。船の上からは以前このツアーに参加したであろう人たちが残したお椀の残骸も見えた。

結局2時間の予定のツアーが終了したのは8時前だった。ホタルはあまり見れなかったけど、一生懸命にホタルを探し、星や行灯を指差して「ホタル〜♪」っとお茶目に話すミンさんのボートツアーはそれは楽しいものだった。ミンさんはがんばって「何時ですか?」という日本語を一生懸命覚えようとしていた。最後までうちに何度も何度も発音を確認していた。
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プロフィール

名前:ひとみ
出身:大阪府
趣味:旅、曲作り。

自己紹介:
今まで訪れた国々はアメリカ、中国、インド、ペルー、ボリビア、チリ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、トルコ、エジプト、モロッコ。1ヶ月〜2ヶ月ぐらいかけて巡ってます。

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